嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

お寺に行【ぎょう】に来た男ん中じゃ、

ほんに美男の、あの、

若【わっ】か僧さんが来んしゃった。そいでもう、

この若さ、和尚さんば、一目見ては

お寺の主の和尚さん嫁さんも、

ちぃ好きんしゃったて。そいでもう、

来てこん畜生【ちきしょう】もう、

言い寄って来んさっどん、いっちょもう、

「私【わし】は修業の身です。

まだ修業が足りません」ち言【ゅ】うて、

いっちょも見向きもしんさらん。

そうこうしよるうち、そこの和尚さんにねぇ、あの、

どうかお姑さんのことが知れたみゃあかあ。

そいで奥さんが言んしゃには、

「私【あたーし】ゃ、

この若い僧さんにいっちょん気はなかいどん、

私【わたし】ば誘惑しゅうで困ーっ」て。

「ほんに、修業の身でありながら、私にもう、

横恋慕うして困りますから、あんさん、

どうか始末してください」て、言んしゃったて。

そいぎぃ、

「そぎゃーあん、始末すっわけいかんけど、

何【なん】とかしよう」て言うて、

この主の和尚さんが、若い僧さんに言んしゃんには、

「修業中には、いろいろ難儀なことがある。

そのいちばんの早道は、百本の人間の指ば

数珠のごとつないで、それを数珠にかけて、

一心にお経さんを読むぎぃ、

得道にすることができる」て言うて、言んさった。

そいぎぃ、下の方から昨日のことば、

聞いたもんじゃいけん、若い僧は、

そい本気に思うて、いい寄って来【く】っぎぃ、

町さにゃ出て、人の通りその、

人を危【あや】めて指ば取いよったて。

そいと、まあー一【ひと】人【い】来っぎぃ、

九十九までなったけん、

まあ一【ひと】人【り】いち殺すぎぃ、百になっ。

まあ一【ひと】人【い】まで指ば取っ良か、

と思って、その町の入り口に待ち構えとったぎぃ、

向こうから来んしゃった人は、

夢にでん忘れたごとのなか、

お母【か】さんじゃった。ああ、

その指は切れ取っぎぃ、そいぎぃ、良か。

知らん振いして、切り取っぎ我が人ん指ば、

切り取いよってじゃあ、お母【っか】さんな

思わんじゃろう、て何人から貰【もろ】うたあ。

しかし、考えてみると

自分のお母【っか】さんの指は、

チョコッといち切ろうごとなかった。

そいぎためろうて、こうーしおったら、

そのおっ母【か】さんは、呼び止めて今度はねぇ、

袈裟かけたお婆さんのやって来たて。ほんに、

このお坊さんに会っても、こいがながくれと、

我が、願いを適【かな】えられんて、

こう思うたもんじゃけん、また、そのお坊さんば、

身逃がさんぞう、と思うたけれどね、

何時【いつ】んなじゃあじゃい見失うちゅうもん。

そいぎまた、追いかけて行たても、その、見失う。

あったぎぃ、一時【いっとき】して

やっぱり来るもんね、

「その者、動くな。そこを動くなあ」て、

言う声の聞こた。そいぎねぇ、その、

言われたもんじゃい、その若い僧が、

「その者、動くな」て、もう追いかけても見失う。

今度【こんだ】あ捕まゆっ、と思うても、

わからんごとなんもんじゃい、

「動くな、そこを動くな」て、怒鳴ったて。

そいぎねぇ、その、向こう方の袈裟かけた僧がねぇ、

私は待っているお別れ僧。

お前【まい】ば向いている。そがんしよったてぇ、

俺【おい】は好いとんしゃんなあ、と思って、あの、

声かけてさい、

「あなたは止まるっていないのに、止まっている。

私は止まっているのに、あなたは私を動いている」

て。「これは、どういう訳でしょうかあ」て、

尋ねてみたて、その若い僧が。

そいぎ向こうの袈裟かけた坊さんは、言んさんには、

「どんな時でも、私は何時【いつ】も生き物には、

悪い心をね、持ったことは追わん」て。

「正しい澄みきった心は、持っているから、

何時も止まっ」て。「拝みしている時でも、

心はドッシリ止まっている。

しかし悪い心は持っていると、心は、

アナアナアナ震えているから、

覚えているように言え。

お前様は不徳得の心ば持っているから、

困っていても覚えている」て、

向こうの袈裟かけた和尚さんの言んしゃった。

そいぎぃ、この若い僧は、

「はあー」て、自分の方にしんさいて、

「私のやっていることは、

私は百の指ば数珠つなぎにして拝むぎぃ、

修業ができる、と思って、したけども、こりゃあ、

悪い心じゃったんだなあ」と、

その時に初めて手をついて、そうして、

「あなた様こそ、私の師匠さんにするお方だ」

と言って、そのお坊さんに教えを乞うたて、

いうことです。

チャンチャン。

[九八  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P372)

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