嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしはねぇ。

お百姓せんぎんとにゃあ【シナケレバ】、

お侍さんになっこっちゃいじゃったもんねぇ。

お侍さんも、もう大抵【たいちゃ】

気の利いとらんぎなられんじゃったいどん。

ある男が、

「ああ、私も侍になろう」ち言【ゅ】うて、

いちばん下の位の侍さんになって、

袴【はかま】どんひゃあて、

刀どんしゃあて偉そうにして

歩【さる】きよったてぇ。

ところがねぇ、二、三年したぎぃ、

額に瘤の出きてきたてぇ。ありゃ、

こりゃ瘤の出きてきた。

「引っ込め。引っ込め」て、

触【さわ】っぎ触っほど、

ドンドン、ドンドン太うなっちゅうもんねぇ。

そいぎもう、やぐらしか【ヤヤコシイ】もう、

目ざわりになってねぇ、目の上のたん瘤ていうごと、

本当に煩【うるさ】くなって、

もう撫【な】でぇて摩【さす】って、

「引っ込め。引っ込め」て言うと、言うほどもう、

だんだん、だんだん大きくなってしまいにはねぇ、

握り拳【こぶし】くらいまで太うなったてぇ。

そいぎぃ、その男、

「困ったにゃあ。ほんにもう、

他所【よそ】さいにゃ出て歩【さる】かれん」ち、

自分の家【うち】ばっかり引っ込んで。お母さんは、

「お前【まい】はなしいっちょでんもう、

殿さんの所【とこ】へも出仕もせんと、

家ばっかいおっとや」

男は、

「あいどん、瘤のこのよに【コンナニ】太うなって、

恥【ちゃあ】がつうして外に顔は出されん」て、

その男は言う。そいぎねぇ、

「あすけぇ【アソコニ】あの、

こっから十里ばっかいの里に

恐ろしか霊験あらたかな千手観音さんがあっ」て。

「そこにはお詣りばあ一心に拝むぎぃ、

もとのごと瘤のなかごとなっばい」て、

お母さんは言もんだから、男は、今までもその、

大抵あっちこっちのお医者さんに

診【み】てもろうたけど、

痛うもなければ痒【かゆ】くもない。

膿【うみ】もなければ腫【は】れてもいない、

ていうことで、

「手当ての仕様【しよう】がなかった。

これは皮膚の一種」ち言【ゅ】うて、

お医者さん達は何【なーん】も

構【かん】もうてくんさらんじゃったて。

そいぎもう、信心するよりほか

仕【し】様【よん】なかねぇ、て思うて。

その、毎日十里の道ば通うて、

その男は千手観音さんにお詣りすることに決心して、

お詣りをしよった。ところがもう、

チョッと十日余りもお詣りば毎日、

一心になって拝むけども、

何【なーん】も変わったことない。鏡を見ても、

いっちょん小【こも】うもなっとらん、

太うもなっとらん。

「俺【おり】ゃあ、もうお観音さんに

お願いしても同【おな】しことー」て、

お母さんに言うたら、

「まあーだ満願には日【ひ】日【にち】の

あっじゃろうがあ」て。

「満願まで拝んでみんさい」て、

お母さんの言んしゃったてぇ。

そいぎぃ、やっぱい日々ゆう熱心に満願の日まで

拝まんばねぇ、と思うて。

その男は千手観音さんに一心に通うたよ。そうして、

二十日なったいどん、いっちよん変わらん。

やっぱい同【おな】しことー、と思うて、

「もう、今日で詣【みゃ】あらん」て、言うたけど、

お母さんが恐ろしか、今までになか大きな声で、

「今まで信仰しおって、なんてこの意地なしが」

て言うて、大きか竹ば持って来【き】て、

叩こうでしんさっ。そいぎぃ、

「詣る。詣る。詣る。お母さんのために、

そいぎ詣って来【く】うだい」て言うて、その男は、

山の千手観音さんに詣あったて。

そうして、もう、今夜はもう、

家【うち】さい帰っても同しだ。

お観音さんに泊まっていっちょこう【いよう】

と思って、もう、お観音さんに着いたら一心に、

「我が瘤のきれいになくなりますように。

瘤が減るように、瘤の跡型もないように、

なくなりますように」て、一生懸命拝んで、その晩、

一晩泊まりました。

そして鶏の夜を明ける声を聞いて、

あらー夜の明けたねぇ、と思って、顔どん洗おうか。

まあーだ瘤のついとっ、と思うて、起き上ったら、

何【なん】か知らんけど、頭ん辺【にき】の

軽【かる】うか。手を触ってみたら、

何【なーん】もその瘤が跡型もなかったて。

「あらー、良かったあ。観音様、

有難うございました。本当に有難うございました。

助かりました。お陰様でございました」て言うて、

その男は、もう飛ぶように家に帰った。

「お母【か】さーん。やっぱいあの千手観音さんな

瘤を取ってくんさったばい」て言うて、喜んで、

それから元気を出して殿様にお仕え申したて。

若い男の一心の信心が、あの、

観音様に通じたちゅう。

そいから先ゃ、そこの観音さんは

「瘤千手観音さん」ち、皆が言いよった。

[九七  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P371)

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