嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

海岸の村にねぇ、

とても気立ての良い男が住んどったてぇ。

その男は百姓しよったてじゃんもんねぇ。あいどん、

海が近かもんじゃっけん、

時々は魚【さかな】捕いにも行きおったて。

そいぎぃ、ある真っ暗か夜【よ】さいに、

その男が我が舟ば出そうかにゃあ、てしおったぎぃ、

奥の方から、

「エンヤサーコラサ。エンヤサーコラサ」て、

もう一【ひと】人【い】じゃい二【ふた】人【い】

じゃなか、沢山【よんにゅう】人のかけ声の

聞こゆっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、ありゃ、何【なん】じゃろうかにゃあ、

よっぱど太か物【もん】を乗せとっとじゃろう、

と思うて、ジーッと聞きよったぎぃ、

「ああー、疲れたあ。もう、

こいよい以上無理ばーい。

海岸なじきそこん辺【たい】じゃっ所【とこれ】ぇ、

何【なん】じゃろうかあ」て言う、声もすって。

そいぎぃ、その男はもう、恐ろしゅう気立ての良か

親切な人じゃったもんじゃっけん、

その舟に泳いで行たてみんしゃったて。そいぎぃ、

流れてきた木ば海岸に運ぶのに

沢山の人達が押したり引いたり、

そりゃあ骨折いよったて。そうして、

力まかせに押して、その男が加勢したぎぃ、

海岸まで、スルスルスルーて楽にいたもんじゃ、

そいぎぃ、舟でそいば持って来【き】よった

頭【かしら】らしい人が、

「何処【どこ】のお方か知りませんが、

ほんに難儀しとったのに、

今夜手伝うていただきまして有難うございました」

ち言【ゅ】うて、

丁寧に挨拶ばしんさったてじゃんもんねぇ。

あいどん、まあーだ真っ暗か海やったいどん

その人の顔ば見たぎぃ、目もなかった。

鼻も口もなかった。

真っ黒か顔のしとんさったちゅうもん。そいぎぃ、

男はビックイして、

「あんた達ゃ、

何処【どこ】から来【き】んさったかんたあ」て、

聞きんさったぎぃ、

「私どもは、ほんなことは人間じゃなかとう。

疫病神ばあーい。まあ、

この村に悪か病いの黴菌【ばいきん】ば

撒【ま】き散らそうで思うて、

運んで来【き】おったとう」て。そいぎぃ、

男はそいば聞いて、

「えーえ、そうー。そういう、そりゃ、

良【ゆ】うなか、良うなか。

悪か黴菌ば撒き散らかされてはたまらん」

ち言【ゅ】うて、その男はビックイして一生懸命、

「神さん。疫病神さん。そりゃあ、

あなた撒かんでください。あんたあ、

その黴菌ば撒かんでください」て言うて、

恐ろしか頼みんしゃったぎぃ、そいぎぃ、

「あなたの家【うち】は黴菌は撒きません。

あなたの家【うち】以外に撒くけん、

あなたは帰ってじき我が家【いえ】に

目【め】印【しるし】ば立てときんさい。

あなたの家【うち】には撒くもんですか。

手伝うてもろうたとけぇ。何【なん】でん良かけん、

ああー、そうだ。

金盥【たらい】を叩いて知らせてくんさい。

ここが家【いえ】ちゅうことを知らせてくんさい。

そいぎぃ、あなたの家【うち】には撒きません」

て頭【かしら】ん人が言んしゃったて。そいぎぃ、

その男は、

「わかりました」て言うより早【はよ】う、

急いで走って帰って、

「ホーイホーイ。家【うち】だけ撒かんで、

ホーイホーイ」ち言【ゅ】うて、

その男が村いっぴゃあかけ回って歩【さり】いて、

金盥ば叩いて歩いたて。

そいぎねぇ、疫病神さん達はねぇ、

どの家【うち】でん、ほら、

あの男の家【うち】じゃろう、と思って。そいで、

とうとう黴菌な撒かんで帰ったけん、

お陰でほんにその村は流行【はやい】病気は

いっちょん流行【はや】らじぃ、楽しくできたて。

そうして、村の人達に、あの、祭いの時に、

「こんなことがあったあー」て言うて、

疫病神に海で合ったことば皆に話したら、

「ほんに、お前【まい】さんのお陰、

あすこん村でも、ここん村でも

恐ろしか流行【はやい】病気の

流行【はやい】よってじゃいどん、

この村は流行【はや】らんとは

お前【まい】さんのお陰。そいぎぃ、

こいから流行病気の出【ず】っ時ゃ、

『ホーイホーイ』ち言【ゅ】うて、

金盥叩きにすっごと決みゅうだあーい」て言うて、

そいからは流行病【はやりやま】いの時分には

金盥を叩くように決まったそうです。

そいばあっきゃ。

[九六  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P369)

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