嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

おっ母【か】さんと若【わっ】か者【もん】とねぇ、

暮らしおったてぇ。

もう貧しい暮らしやったてんもんねぇ。そうして、

その、年ゃ雨のいっちょん降らんて。

そして田ん中ばちかっとばっかい

この親子作いよんしゃったいどん、

親子の田ん中ば村中の人達は、田ん中も、

もうカラカラにひび割るっごとして、ひぃ割れて、

もう稲はきゃあ涸るっばっかいのごとなっとったて。

「早【はよ】う雨の降ってくるっぎ

良かいどんにゃあ」て、言いおんしゃったいどん、

「雨乞いどんせんばらん」て言うごと、

もんじゃったいどん、空ば見っぎもう、

西から東さん、雲いっちょでんなかじゃあ。

雨の降っごともようじゃなかったてぇ。

あったいどん、家【うち】の田も困ったにゃあ。

どがんしとっと思うて、その男がねぇ、

田周いに行たて、フーッとこう、

土手の陰ば見たぎねぇ、

そけも蕗【ふき】のあったてぇ。

蕗のある横せ方にねぇ、

何【なん】じゃい

メーソウメーソウ鳴きおったとのおったて。

丸【まーる】かとの頭の坊主の鳴きおったて。

そいぎぃ、

「あら。お前【まり】ゃ、

なしそけでぇ鳴きおっかあ」ち、

その若か者が聞いたぎねぇ、

「私【わたーし】ゃ、

一時【いっとき】前の風の酷うか時に、

ここまで吹き飛ばされて、

ぎゃん水いっちょでん流れてきいえんけんもう、

今にも死のうごとあっ」て。「ひからびて、

我がも死んごたっ。私ゃ波小僧」て。

「私の名前は波小僧」ち言【ゅ】うて、

ハランハランハラン鳴くてじゃん。

「そうやーあ。あいどん、

ぎゃん雨の降らんぎ流れても行きえんけん。やあ、

お願いでございます。若【わっ】か人、私をあの、

海まで連れて行たてください」て、お願いすってぇ。

「そがんやーあ。『波小僧』ちゅうぎぃ、

初めて聞いたよう。お前ゃ、波小僧か。

ほんなこてかい」

そうして、ぎゃんあのねぇ、

雨の降らじ誰【だい】でん困っとんさいどん、

我があ親父さんは、「竜王さん。我があ、

そうしてもう、ほんに雨乞いの上手て。

竜王さんの我があ親父さんに頼むぎぃ、

雨の降るかわからん」て。「そいけん私も、

海ん辺【にき】さい連れて行たてください」

て言うて、頼むんで、

「そがんやーあ。誰【だい】ーでん、

今は雨を欲しゃしよっ時じゃいけん、

あいば行こうかあ」て言うて。そうして、

ソーッと蕗【ふき】の葉に積んでねぇ、

その丸【まーる】か筒んごたっとば、その、

海さん連れて行かしたちゅう。

あったぎぃ、その波小僧はねぇ、

もうーろしか嬉しがってねぇ、

もう海の際【きわ】からじきー

沖の方さい行たてばい。そうしてねぇ、あの、

一時【いっとき】したぎぃ、ききすば持って来たて。

そうしてねぇ、たちどころにねぇ、

大雨の降ってきた。波小僧が自分のお父さんの

竜王さんの頼んでくんさったじゃろうて、

いう話やったて。そいけん、

波小僧のごたっとでんねぇ、

大風から吹き飛ばされとっ時ゃ、

早【はよ】う海の方、

水ん中【なき】ゃ欲しゃしおっ時ゃ、

実はやってくるっぎぃ、じき雨の降ってばい。

そういうことです。

そいしこです。

[九三  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P367)

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