嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしねぇ。

猟師さんが犬を連れて山ん中を歩いて

来(き)おったぎぃ、

スッカイ日が暮れてしもうたてぇ。

山ん中であるし、何処(どこ)さい行くぎ

里さい出(ず)っとじゃい、

昼間は勝手知った山じゃいどん、

暗うなってみっぎ右も左もわからんごと困ったち。

困ったにゃあ、と思うとったぎぃ、

谷ん方にボーッて明かりのちいとっとの

見えたてじゃんもんねぇ。ありゃあ、良かったあ。

あすこに一晩泊まって、

明日(あした)夜の明かってから下らんば、と思うて、

谷さい下って行たぎぃ、一軒の家があったちゅう。

トントン、トントンて、戸を叩くぎぃ、

年寄(としお)いが出て来て、

「良か、良か。こっち入んさい」言うて、

囲炉裏に案内しんしゃったて。

そして、そこいら辺(あた)りの話どんして、

その家(うち)の老人は、

「自分は犬の喧嘩を見るのが大好きだ」

て、言うたて。

「お前(まり)ゃあ、猟師ないばお前(まい)も

良か犬ば持っとろうだあーい」て、言うたて。

「そいぎぃ、喧嘩させてみゅうかあ。

俺(おい)も犬ば持っといようー」て、

その老人が言うたちゅう。

そいぎぃ、猟師さんな自分の犬もめっぽう強か、

猪(いのしし)でん

うっ(接頭語的な用法)倒すごと強か犬で、

かねて自慢しよった犬じゃったけん、自信満々で、

「良かろう」て言うた。

そいぎぃ、夜(よ)さいも庭先ん辺(にき)で

犬と犬と喧嘩させたて。そうしたところが、

猟師さんの犬は一溜いもなかごと

食い殺されたちゅう。

ああー、あの犬が私(わし)の

商売道具じゃったとこれぇ、と思うて、

その猟師は朝早くその家ば出て山道ば

歩いて行きよったぎぃ、

一人の見知らぬ男が自分の前を歩いて

行きよったちゅうもんねぇ。不思議かにゃあ、

ぎゃん早(はよ)う、

気づかれんごと後をジーッとつけて行たて見よう。

不思議か男にゃあ、と思うとったところが、

その近くに墓があったちゅうもんねぇ。そいぎぃ、

その男は墓さい行たて着物(きもん)ば脱ぐぎぃ、

犬になったちゅう。そうしてくさいねぇ、

前足で墓ば掘り始めたて。

猟師は恐ろしゅうなって

ガターガター震(ふり)いながら物陰から見とったて。

そいぎぃ、男は墓ん中から死体ば掘り出して、

ムシャムシャ、ムシャムシャ食べてしもうたて。

そうして、食べ終わったぎぃ、

また着物ば着て人間になって歩いて行くて。

猟師はまた、知らん顔して見よったぎぃ、

「とうとうこりゃあ、見たなあ。見られた以上、

お前を生かしておかれん」て、言うたて。

そうして、

猟師に飛びかかろうでしたてじゃんもんねぇ。

そん時、猟師はねぇ、

我が犬の殺されたことを話(はに)ゃあたて。

「どうしても私は我が犬の

敵(かたぎ)を取りたいから、

その後(あと)で私を食べてください」て、

言うたぎぃ、

「そがん強か犬の別(べち)におったにゃあ」

ち言(ゅ)うて、じきにその男は承知したちゅう。

そうして、見る間に犬の姿になって、

「強か犬のおるそこの家(うち)は

何処(どこ)やろうかあ」て言うて、

谷間の一軒家に二(ふた)人(い)で行たて。

そうして、そこの老人に、

犬の喧嘩を申し込んだちゅうもんねぇ。そいぎぃ、

老人もかねて「犬の喧嘩ば好いとっ」て、

言いよったもんじゃっけん、じき承知したて。

そうしたところが、老人の犬が一溜いのなかごと

咬み殺されたてやんもんねぇ。そいぎさ、

谷の家のその老人も犬になって、そうして、

しかかっ(刃向カウ)てきたぎぃ、

そいどんわけなく殺されたて。

谷の老人も犬に化けたいどん殺されたて。

そいぎぃ、猟師さんも

不思議なこともあるもんにゃあ、

と思って、そこに立つておったいどん、

ボーッとなっておったぎぃ、

谷間に今まで一軒家のあったとも、

犬どんがそけぇおって、もう咬み殺された犬も、

かき消すごと姿の見えんじゃった。そうして、

その猟師さんの立っ所(とこ)は

墓原の真ん中じゃったてじゃもんねぇ。しかも、

我が側には新しか墓のあったて。

そいぎぃ、昔ゃ何処(どこ)の家でん、

人が死んぎ穴ば掘って埋めよったもんねぇ。

そいぎぃ、そこの上で何時(いつ)ーでん、

何人でん墓ば掘ったないば、

その上で火ば焚きおった。

そいぎぃ、そこの新しか墓いっちょが、

その火ば焚(ち)ゃあた跡がなかったて。そいぎぃ、

あがんふうな恐ろしかとの起こっばいにゃあ。

死んだ者(もん)を埋めた跡は、

墓の上でやっぱい火ば焚く習慣のあったとは、

全部(しっきゃ)あこういう魔物の起こっとば

消すとやったばいにゃあ、

とくと納得してその猟師は、

我が家(え)さい帰って行ったて。

そいばあっきゃ。

[八五  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P360)

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