嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 そいから、むかーしむかしねぇ。

足跡もつかんごとして、馬の盗まるっちゅうもん。

「何じゃい、何時(いつ)んはじじゃい、

あすこの馬も無(の)うなったあ。

ここん馬も無うなった」ちて、

昔ゃ馬で恐ーろしか田圃の仕事から、

荷つけの仕事と、

馬が田圃の仕事一切しおったちゅうもんねぇ。

そういう時ね馬ばおっ盗(と)らるっぎ百姓は、

お手上げじゃんもんじゃい、

「困ったねぇ。困ったねぇ」て、言うとが、

その村の口癖じゃったと。ところがもう、

本当に馬の無うないよった。

そいぎある日、六部さんのそこに

通いかかんさったて。

そして、

「この村じゃあ、もう馬は余(あんま)いおらんごと

おっ盗られた」ち言(ゅ)うて、

村ん人達は半べそきゃあて言んさっとば聞いて。

「そうねぇ」て、六部さんな言うて、

「そいぎぃ、何(なん)の、

馬ばお盗っぎゃ来よろうかあ。

何(ない)ないとん足跡のついとろごたっけん、

足跡ば調べござい」ち言(ゅ)うて、

皆に調べさせんさっぎぃ、

山のいっちょ越えた向こうの方に、

大きか人間の倍もあっごと

大きか足跡のあったちゅう。

そいぎぃ、

「あぎゃーん(アンナニ)太か足の者が峰ば越えて、

おっ盗いぎゃ来おんに違いなかあ」て言うて、

六部さんに話(はに)ゃあたて。そいぎ六部さんが、

「そいぎわかったあ」ち言(ゅ)うて、

「今から先ゃあ、その人間の倍もあっ足跡よいかも、

まっと太か人間の足の三倍位(ぐり)ゃああっごと、

太か草鞋(わらじ)ば作って、

馬小屋に吊ってんござい(吊ッテゴラン)」て。

「馬、おっ盗られんと思う」て。

「呪(まじな)いと思うて、下(さ)げとってんござい」

と、六部さんから聞いて。

そいぎぃ、草鞋は安いこと、

長(なが)ーか草鞋をみな作って

馬小屋ん所に下げとったちゅう。

そいぎねぇ、生(なま)ん臭(ぐさ)かにおいのして、

風の夜中に吹いてきて、

一時(いっとき)ばっかいしたぎねぇ、

ボソボソ、ボソボソって、いう声んしたて。

またボソボソって、いうけん、

「そりゃあ、何(なん)ていおろうかにゃあ」て、

聞きおんしゃったぎぃ、

恐ーろしか俺(おい)よいか太か男の番しとってやあ。

この草鞋ば見っぎぃ、俺が足よいかまあーだ太か、

ぎゃーん太かとの馬ば盗いぎゃ来(き)おっぎぃ、

俺がごたった踏みにじらるっ。こりゃあもう、

つっかからんが(トリアワナイ方ガ)良かー」

て言うて、夜中からボソボソっていう姿は、

夜の明くん前に消えてしもうたて。

そいから先(さき)ゃあ、

そこの村では馬盗人はいっちょんなかったて。

そいでその、大草鞋を大きか草鞋を

何時(いつ)もお呪いに、

お守(まぶ)いにその村は下(さ)げとったちゅう。

そいばあっきゃ。

[八三  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P358)

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