嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

ある小さな村に、爺さんと婆さんと

仲良う暮らしとんしゃった。そん時分な、

もう雨の梅雨で毎日毎日、雨降いじゃったて。

そうして、そのへんいっぱい大雨になって、

水浸しになってしもうた。爺さんの家(うち)の前で、

もういっぴゃあ水のあった所(とけ)ぇ、

松の木の一本そけあったちゅうもんねぇ。ところが、

この松の木に、もう水が逃れて大蛇の登ったちゅう。

そうてもう、何(なん)日(ち)でん

水の引かんもんじゃい、

お腹がその大蛇は減(し)いったとけ、

その爺さんの家(うち)見て、

大蛇はこの家から誰(だい)じゃい

人間が出て来(く)っぎ一呑みしてくりゅうて思うて、

もうがん首ば持ち上げとったて。あったぎねぇ、

その何(なーん)も知らん爺さんは婆さんに、

「雨もやんだばい。あがん大雨じゃったけん

田圃どん見て来(く)っかあ」て言(い)うて、

腰を上げて出かきゅうで、迷よんさったて。そして、

戸口まで来んさった時、婆ちゃんの、

「さあ、お茶ば入んましたよう。

お茶ば飲んで行きんさい。

お茶ば飲んで行かんぎ禄(ろく)なこたなかようー」

て、お爺さんに声かけんさったもんじゃけん、

お爺さんは、

「そうや。そいぎぃ」ち言(ゅ)うて、

ひき戻ってお茶を飲みんさったて。

一方、松の木の大蛇は今に戸口から来(く)っぎぃ、

人間ば呑みしゅうで思うとったぎぃ、

家の中から爺ちゃんのごと出て来(き)よって、

また引き籠ったぎ中から、

「おーじゃあ、おちゃあ、

おーじゃあ、おーじゃあ」て。

「おちゃ、おちゃ」て。

「おちゃ、おちゃ」て、声のしたて。

良(ゆ)う聞きおったぎぃ。そぃぎぃ、

ヒョッとすっぎぃ、

「おちゃ、おちゃ」て言うて、

「おーじゃ」大きな蛇(じゃ)と思うて、

蛇(じゃ)のおったかわからん。

じき爺ちゃんな引っ込んだもんなあーて、

この大蛇は思うたもんじゃっけん、

「こりゃ、こけぇグズグズしとっぎ俺(おい)まで

ひん呑まるっ。早(はよ)う逃げよう」て言うて、

松の木からスルスルーっと来て逃げたて。

爺ちゃんも婆ちゃんも、

こがんこと何(なーん)も知らじおんさったて。

あったいどん、お爺さんが朝のお茶ば

飲みんしゃらんぎぃ、災難に合(お)うて大蛇から

ひん飲まれんしゃったやわからん。あいどんは、

「お茶、お茶」て、婆ちゃんが言うたとば、素直に、

その朝出かけに飲んで行きんしゃったけん、

災難ば逃れんしゃった。

そいけん、朝茶は厄払いじゃけん、飲まんばらんて。

そいばっきゃあ。

[八〇  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P357)

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