嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 ある旅人がねぇ、むかーしむかし。

野を越え山を越え、恐ろしか山賊どんが出たい、

化け物の出たいすっ所ば越えて、

そうして我が宿さい帰らんばやったちゅう。

そいぎぃ、ある旅人がまあ、

テクテク、テクテク帰って来よったぎぃ、

とうとう山の真ん中辺(たい)で

夜(よ)さりになったて。

真っ暗(くろ)うなってしもうた。

ああ、怖(えす)かにゃ。連れもなか、

誰(だーい)も通る者(もん)もなかねぇ。

怖(えっ)さ怖さで草履ば、パタパタパタ音させて、

急げ急げ、ち思うて、

スルスル、スルスルち言(ゅ)うぎぃ、

誰(だい)か後ろからついて来おっごっあるて。

急いでパタパタ、パタパタて、いわすっぎぃ、

我が後ろから来おっごとあっ。バタバタバタて、

急ぐて。そしてスルスル、スルスル、スルスルて、

引くぎぃ、後ろから来おっとも、スルスル、

スルスルて。ああ、もう胸はドキドキして

怖(えっ)さ怖さで、もうドキドキ。

もう恐ろしゅうしてたまらんじねぇ、

急いでお家(うち)に帰ろうで思うとんさっけど、

お家は遠かとよ。山が深(ふこ)うして

何処(どこ)まで急いで行っても、

山また山ばっかいじゃったとこれぇ、

ヒヨッと横ば見んさったらねぇ、お堂があったてぇ。

あらー良かったよう。

このお堂に早(はよ)う隠りゅうで思うて、

お堂の戸扉ば開けて、

硬(かと)う閉めて体で押えていたら、

後ろからついて来た化け物もねぇ、

グルグル、グルグル、そのお堂の周りを回いよって。

そうして、いっちょん帰らんねぇ。

怖(えす)かと思うて、

そこに仏さんを祀ってあるとば、

手で触ってみたら、二十三夜さん、

て書いちゃったて。

「あらー二十三夜さんの仏さんじゃった。どうぞ、

助けてください。私の命を助けてください」

て言うて、

拝みながら扉の隙間(すきま)から見んさいたぎぃ、

化け猫じゃったて。そうして、

戸扉はガチャガチャいわせたい、

ガリガリ咬(か)んだいして、もう、

今にも入(はい)って来るごたっ気配だったて。

「堂の中にても、どうぞ、命をお助けください。

どうぞ、お助けください」て、

生きた心地もなく一心に念じて

どいだけ時間が経ったか知らんけども、

そのガリガリ、ガリガリ、

バタンバタン、バタンバタン、

もう中に入って来るような気配のするのを

聞きながら、恐ろしかばっかいで夢中で

拝みおんさいたて。

そうしたら、とうとうねぇ、夜が明ーるくなって、

夜が明けはじめてきたて。そいぎねぇ、

外に化け猫がおったとも、もうあきらめたのか、

何時(いつ)のはじじゃい、

何処(どこ)さいじゃ行ってしもうて、

「ああ、助かった。本当に二十三夜さん、

有難うございました」て言うて、その人は、もう、

二十三夜の御利益、ほんに感じて、

「やっぱり信心はせんばなん」て言うて、

お家に帰ることができんさいた。

信心が二十三夜さんに通じ旅人を

護(まも)ってくださった。

そいまでですよう、ねぇ。

 

[七一  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P350)

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