嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

長者さんの夫婦がおんしゃったてよう。

恐ーろしか金持ちじゃどん、惜しいかな、

子供がなかったてぇ。

「もう、子供さいあっぎねぇ、良かけど」て言うて、

あの、夫婦はいちばんその子供のないことばっかい

悲しみよったぎね、

ヒョッとお母さんに赤ちゃんが生まれたて。

女の子じゃったてじゃんもんねぇ。

恐ーろしか色の白うして

きれーいか娘の子じゃったて。

そいぎ皆もう、

「良かったねぇ。嬢ちゃんの生まれて、

良かったねぇ」て、皆から喜ばれてもう、

撫(な)でて摩(さす)っごとして

その娘さんを育てよんしゃったて。

そいぎぃ、だんだん年頃になったから、

もうお聟さんば、早(はよ)う取ってくりゅうで

夫婦は話しよっしゃったいどん、その娘は、

「私ゃ、お嫁には行かんとよう。

お嫁には絶対行かんから」て言うて、

とうとうその娘は十六になったて。

そいぎいねぇ、ある日のこと、

「水を、お母さん飲みたい。水を飲みたかよう」て、

言うたて。そいぎぃ、

家(うち)の井戸の水をコップにいっぱい注いで、

「ほら、水。お飲み」ち言(ゅ)うて、

お母さんがやっぎぃ、

「いや、この水じゃなかもん」

(元(もと)、山堤という所に三つも堤が

あったんですよ。上の段、真ん中の堤、下の段。)

「この堤の真ん中の堤の水を

飲みたかとじゃんもん」て。

「お前(まい)は、冗談(どうたん)のごと、

あがん山ん水ば飲みたかとね」

「あの水を飲むぎんたあ、

チョッと生き返っごたっけん、汲んで来て」て、

言うもんだから、下男達に水ば汲ませぎゃやったら、

「美味(おい)しーい。美味しーい」ち、

もう瞬(またた)く間(ま)に飲んでしまう。

そいぎぃ、一升今(こん)度(だ)あ汲んで来た。

そいぎ一度に、

「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ」と、

一升飲んでしもうた。その上、

「まっと飲みたか」

「恐ろしか、熱病にばし掛っとろうか。

そんなに喉の渇くとねぇ」て、親達は言う。

「あんたは普通じゃなかよう」て、心配する。でも、

「とっても喉のヒリヒリすっごと渇くよ。

焼くっごたっけん、水ば早(はよ)う汲んで来てぇ」

て、言うもんだから、今度は一斗樽を持って、

何人でん下男達ばやって

真ん中の堤の水を汲ん来たて。

「ああ、美味(おい)しーい。美味しーい」

ち言(ゅ)うてもう、

息もつかんで一斗の水ば飲んでもケロッと、

その娘はしとって。そうしたぎぃ、その娘は、

「こんなに沢山汲んで来るのに大変だから、

連れて行ってぇ」て、その娘は言うてやもん。

「冗談(ぞうたん)のごと」

「ぜひともあつこに行たて、水を私の口で飲みたい」

て。「水だけ飲むよ」て言うて、沢山、

もう二、三十人もお伴を連れて、

お父さんもお母さんも付き添うてその娘を真ん中の

堤の所へ連れて行ったちゅう。

するとその娘は、ニコッと、嬉しそうにして、

堤の方さいもう吸(す)い寄せられるように行って、

その堤の水をチャボチャボ、チャボチャボ、

ゴックゴックゴック飲むちゅう。

しばらく飲みよったかと思ったら、ダブーンて、

その水の中に急に入(はい)ってしもうた。

お父さんもお母さんも、たったひとりの娘じゃ、

「あらー、どうしよう。あらー、

堤に娘が入(ひゃ)あってしもうたあ」て言うて、

嘆きおったら、堤の中ほどの水が、

ブクブクブクって、泡の立ったかと思ったら、

スーッと水の真ん中に娘が立って、

「ここよう。私(あたし)はここの、堤の主よ」

て言うて、また消えてなくなった。

あらー、堤の主の

生まれ代わって来たっじゃったろうかあ、と思うて、

皆がビックリしよったら、

今度は渦巻(うずま)きが起こって、

恐ろしゅう艶々とした龍が堤の真ん中に現われ、

「お節供には菱餅ば頼むよ。

お節供には菱餅ば頼むよ」と、

三遍言うたかと思うと、

また真っ青な水の中に消えてしもうたちゅう。

それから先は、もう、恐ろしさとあきらめとっ。

その長者の夫婦はお家(うち)に帰って、

毎年お盆に載せて三月三日のお節供がくると、

菱餅を真ん中の堤に持って来ては、

上げることになったちゅう。

チャーンと持って来ると、何時(いつ)の間にか

その菱餅はなくなっていたそうもんね。

そいばあっかい。(昔の由来ですねぇ。)

[六七  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P346)

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