嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 火の神さんは八天神社

(佐賀県嬉野市塩田町谷所(たにどころ))て。

そいぎ火の神さんと賽(さい)の神(道祖神)さん

ちゅうとばね、隣(とない)同士暮らしおんさったて。

火の神さんは元気か元気か、

もう火のごと顔も赤(あっ)かで逞(たくま)しくてね、

そりゃーあもう力が、もう満ち満ちしとんさっ。

そいでも、火の神さんはもう、

ちっとも心がユックイない。

それを村に、火事どんがあっぎ大事(ううごと)て。

火を守ることさんだから。

もう年中心がゆっくいなか。

そいでねぇ、火の神さんは昼間は、

その山の天辺(てっぺん)まで、

ご飯を食べたらサッと走り登って、

山の天辺に走って、

何処(どこ)―か煙(けむ)いでもおしよんみゃあかあ、

誰(だーい)でん百姓達の焚き火でも

しよんみゃあかあ、と思うて、

こう、ごっとい見張り役じゃった。

あったぎねぇ、ある日、天気の良かー時、

土手焼きちゅうてねぇ、

土手の枯れ草に火をつけたら、

その火がドンドンドン燃えつく。ところが、

昔は山から芝柴を刈って来て、

竈(かまど)に焚いてご飯炊きよった。

薪で炊きよったですよ。ガスじゃなし。そいぎねぇ、

庭にいっぱいその柴を積んであったぎぃ、

もう土手の火がねぇ、風も吹くぎもう、

火の粉がなびいて、その柴に移るごたっ。

そいぎもう、神さんは忙しか。

もう、セッセッいうてもう、

命がけで走って行って、

「お前(まい)、早(はよ)う消(き)やさんば、

今に柴に燃え移ぎ大火事になっ」ち言(ゅ)うて。

「あら。もうそこまで燃えてきとったあ」

「そいぎぃ、消やさんば」ち言(ゅ)うて、

水をかけて来(き)やって。

「ああ、良かった」ち言(ゅ)うて、ホッとした。

そいからねぇ、ある時は、昔は芋、

お味噌を買ってばっかい食べるけど、

昔は自分の家(うち)で、

ベッタンコベッタンコて大豆ば煮おったですよ。

そいぎぃ、

「大豆が良(ゆ)う煮ゆっごと」ち言(ゅ)うて、

昼もまた夜も、まあーだ硬かけん軟らかくなっごと、

大きな歯釜(はかま)にねぇ、いっぱい煮てもう、

焚物ばいっぱいくべて休んどんさったて。

そいぎ火の神さんなねぇ、こうして見よったぎぃ、

何(なーん)か自分の目は、あの、

普通の人間よい光るもんだから、もう百姓の家に、

ズーッと焚き物がこっちさい燃えすがって、

そして何処(どこ)でもこんな障子だったからね、

障子のつん燃(む)ゆっでしよっ。そいーぎまた、

もう命がけで、

「タンタン、タンタン、

こりゃあゆっくい寝とっかあ。

起きろ、起きろ。お前所(まいとこ)、

火事になっぞう」ち言(ゅ)うて、起こしよっ。

そうして見たら、もう障子の燃(も)えよっ。そいぎぃ、

大事(ううごと)て一家総出でその、水かけてね、

無事に治まった。そいぎもう、翌日はねぇ、

夜が明けたら金一封包うで、

「ほんに、火の神さん、

有難(あいがと)うございましたあ。

私(あたし)ん所は火事になって、

つん燃(む)ゆっはずじゃったあ。神さんのお陰、

良かったあ、有難うございましたあ」ち言(ゅ)うて、

金一封包んで、またねぇ、お礼に行く。

ところが、かねてはそんなにして、

火の神さんな番してくんさっちゅう、あの、

住民達の心にあんもんだから、何時(いつ)ーでん、

そこば通っ時ゃ、お賽銭(さんせん)箱には

チャラチャラ、チャンチャンと、

「お陰、有難うございました」と、参ったよう。

ところがねぇ、

お隣(となり)の賽(さい)の神さんは、杉の木の、

こう太かとの、もういっぱい茂って暗かごたったあ。

そして山の麓、そい水が

ジュンジュン、ジュルジュル流れてきて、

床下は何時もジュルジュル、ジュルジュル、

水が溜まっとっ。そいぎね、

「寒かあ。ああ、ブルブルブル、

コンコン、コンコン。

ああ、風邪引いた。ぎゃんして、

日は当たらんとけぇ、

我がよい小(こま)ーか家(え)の、

ジメジメすっ所(とけ)ぇ、ああ、寒か」

ち言(ゅ)うて、ブルブル、ブルブル、

コンコン、コンコン、

「ああ、熱の出た。もう、

布団引っ被って休んどったがいちばん。

こぎゃんしとらんぎぃ、風邪引きの酷うなっ」

て言うて、賽(さい)の神さんなしょっちゅう、

床とって寝とっ。もう、そいぎぃ、あの、

近所の百姓達が、

「賽(さい)の神さん。起きたかんたあ」ち言(ゅ)うて。

「いやー。私(わし)ゃ寝て暮らしおっ。

風邪引きじゃんもん」て、

寒か所(とけ)ぇばっかいおんもんじゃい、

風邪引きばっかいでね、

寝てばあーっかい暮らしおっ。

そいでもう、チョッとそうつく(歩き回る)、

動くと風邪引く。

もう寝て暮らすばっかいもんだから、

貧乏して働らかじぃ、お金持たじぃもう、

金は一銭もなかあ。「隣(とない)の火の神さんから、

こりゃあ、お金どま借って来(こ)んば」ち言(ゅ)うて、

「神さん。私(わし)ゃ貧乏で銭(ぜに)ゃ一銭でん

持たんけん、お金ば貸しておくんさい」

ち言(ゅ)うて。

「どうぞ。この賽銭箱に入(い)っとっとば、

あんさんの良かしころ、もう使うて良かばんたあ。

持って行きんさい。使うて良かばんたあ。

持って行きんさい」て。

覗いてみたら、ジャラジャラお金の、

五文も入(はい)っとる。

「そいぎこい、そいぎ、自由にお借りします」

ち言(ゅ)うて。そいぎぃ、

火の神さんの言んさんにはねぇ、

「賽(さい)の神さん、私ゃ、

お金は貸しはすっけれど、

あんさんにくるっ(ヤル)とじゃなかばんたあ。

あの、師走には、

十二月には絶対返あてくれんばあ。

利息は良かけん。貸すとじゃいけん、

返あておくんさいの」

「ああ。そりゃあ、わかっております。

貰うもんかんたあ」ち言(ゅ)うてねぇ、

「また無(な)か時ゃ、貸しておくんさい」て、

賽の神さんは帰って。

「ああ。もう木の芽どんが茂って、葉の茂って、

涼しかごとなって、お天道さんも暑かあ、暖かかあ」

ち言(ゅ)うごと、今朝から照いよんさっ。

「ああ。こりゃあ良か」ち言(ゅ)うてねぇ。

そうしてその、

「ひなぼこ(日向ボッコ)どんすっぎぃ、

ちかっと風邪引きゃ飛うで行きゃすんみゃあか。

あの、離れはすんみゃあかあ」

そいぎもう、莚(むしろ)どん敷(す)いて

日の照(て)ぇよっ所(とけ)ぇおんさっ。あったぎねぇ、

今まで寝てばあっかい、色青うしてない。

そいぎねぇ、また、日射病になって、

ありゃあ、また熱ん出たあ、

今度、風邪引きじゃなか。また大事(おおーごと)、

賽の神さんはねぇ、一年中は寝て暮らす。

そうして貧乏ばっかい。そして師走のきたぎぃ、

「ありゃあ、お隣(とない)の神さんにも、

金の取り立てに来(き)んさーっ。あいどん、

お金は一銭もなかごと使うてしもうて困ったなあ」

ち言(ゆ)うて、もうオロオロしよんさったあ。

ヒョッと見たらね、

「藁こずみ、あら、良かったあ、

お百姓さん達からちぃーっとずつ、

西ん方からも一抱えばかい貰(もろ)うて来(く)っ、

前からも一抱え、隣(とない)からも一抱え、

東からも」ち言(ゅ)うて、

何処(どっ)からでんちかっとずつ、

藁こずみの藁ば集めて来てねぇ、我が庭に、

くう高(たこ)う積んで、

そうしてパッと火をつけござったて。そいぎぃ、

乾いとったもんだから、

もう見る間(ま)にボウボウして燃(ねん)ゆっ。

そいぎほら、火の番の神さんでしょう。

「ありゃあ、隣(とない)の賽の神さん所(とこ)、火事、

大火事」ち言(ゅ)うて、またあ、

走って来んさった時はね、良(ゆ)う乾いとったけん、

燃(も)えよっ」ちて、灰ばっかいやったて。

そいぎぃ、

「『冗談(ぞうーたん)のごと火の用心は、

いちばんしんさい』と言うとけぇ、賽の神さん、

あんた方は、火事じゃったいどん、

そいで来たいどん間(ま)に合(あ)わんじゃった」て、

言んさったぎぃ、

「火の神さん、私(わたし)ん所(とこ)、丸焼けしたあ。

あんさんにお金どま返さんばらんと思うとったぎぃ、

そのお金もつん燃えてしもうとっ。

どぎゃんしゅうかあ」て、言んさったぎぃ、

神さんじゃっけんね、

「良か、良か。良か」て言うてね、

「こりゃ、火事見(み)舞(ゃあ)あ」ち言(ゅ)うてね、

反対(はんたり)ね、

大きな熨(の)斗(し)袋(ぶくろ)に書いて

差し出(じ)ゃあて来(き)んさったぎぃ、賽の神さん、

ああ、災難は逃れたぎ銭(ぜん)まで貰(もろ)うて、

ぎゃん良かことはなかったーあ」ち言(ゅ)うて、

暮らしんしゃった。

ところが、そいから毎年、

お金儲けがでけんもんだからね、毎年、

藁を失敬しては、「ああ、丸焼けした。丸焼けした」

て、世話逃れて、

心配がもう消えて無(の)うなったでしょう。

そいが通例になって、あの、初午(はつうま)の日に、

祐徳稲荷神社(佐賀県鹿島市古枝字上古枝)

という所では、ドンド焼きちゅうとがありますが、

ここの八天神社の火の神さんでね、

十二月の暮れにね、

大晦日の日にドンド焼きちゅうて、

お札とか何(なん)とか未だに、その習慣があります。

そいでねぇ、あの、災難逃れて。その災い逃れで、

自分は借金まで丸焼けしたちゅうて

逃れんしゃったて。

皆が「それあやかろう」ち言(ゅ)うてね、

未だにそれがあります。て、言うことです。

そいがね、未の日て。その、二番未と言うと。

羊は毛が良う燃(も)ゆってじゃんもんね。

その時まで持って行くぎね、

何(なん)でん燃(む)やあて良かて。

我がしゃあが燃(も)えんぎ何でん良か、

て言うことです。

そいばあっきゃ。

[本格昔話 その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P340)

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