嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 もうむかーし。

ある町にお医者さんがおってねぇ。

そうして、

動物ていうぎぃ、大きかとも小さかとも目のなかごと可愛いがって、

ほんに動物ちゅうぎぃ、

「こりゃあ、正直で良か、素直で良か。

ほんに動物は、怖(えす)かことは及ばん。

こいどま情けかくっぎぃ、良(ゆ)う知っとっよう。

人間にも懐(なつ)くよ」ち言(ゅ)うて、

ほんにもう、好(し)いとんさったお医者さんのおんしゃったてぇ。

そいぎねぇ、ある夜(よ)さい、その城下の家老さんの家(うち)に、

病人がで来たてじゃんもん。

「夜分恐れ入りますが来てください」て言うて、

呼ばれて家老さんの家に、そのお医者さんが行きんしゃったて。

そうして、病人の手当ても早(はよ)うすんで大したことはなかったて。

そいどん、

お茶どんすすめられておんさったぎぃ、

庭なかでガヤガヤガヤ言う声のすっちゅうもんねぇ。

「ご家老、ありゃ何事(なんごと)ですかあ」て言うて、聞いてみたぎぃ、

ご家老の言うには、

「いやー。大したもんじゃない。

ありゃねぇ、毎晩、古狸がさい家(うち)の池の鯉ば盗(と)いぎゃきて。

そうしてもう、少のうにゃあてしまうたもん。

そいぎ今夜、家来どんが捕まえたとですよ。

そいけん、あぎゃんワァワァ、ギャアギャア言いよっとう」て、

言んしゃったぎぃ、

お医者さんは、ソッと顔色ば変えんさったちゅうもんねぇ。

チョッと気になんさったて。(お医者さんな、動物好きじゃったろう。そいけん、ほんに気になって、)

「ご家老、私(わし)ゃお前(まえ)と長いつき合いじゃろうがあ。

そいぎぃ、その、

捕まえたないば古狸ば、私(わし)に譲ってくださらんかあ。

ほんに古狸ば殺してさい、そうして私(わし)ゃ医者じゃっけん、

名薬ば作いたかあ。

そいぎぃ、病人が治る。

こいに越したことはなかろうが。

そいけん、

ぜひ、あの捕まえとった古狸を譲ってください」て、

医者さんが言うたちゅう。

そいぎぃ、家老さんは、

「そりゃあ、良かこと、良かこと。じき、良か。もう捕まえとっけん。

こりゃあ」ち言(ゅ)うて、手を叩いて、

「あの捕まえた古狸ば持って来(こ)い」ち言(ゅ)うたぎぃ、

じき家来が持って来(き)た。

そいぎもう、医者さんは、その古狸ば袋ん中(なき)ゃあ押し込めて、

包んで、喜んで帰んさったて。

もう町はずれまで来た時、医者さんは古狸ば袋から出して、

「今のうは誰(だーい)も見とらん。これこれ、狸さん。

こぎゃん人前、こんよに盗んで取っことなんばい。

今日(きゅう)んごと酷か目あうぞ」て。

「何(なーん)も食ぶっとのなしい、腹のすいた時ゃ、

俺(おい)の家(うち)来い。何時(いつ)でん、何(ない)ないとんわりゃ食(か)せてやっけん」て言うて、

「ほら、目立たんごと山ん中(なき)ゃあ行けよ、逃げろよ。

余(あんま)い出で来(く)んなよ」て言うて、離してやんさったてぇ。

そいぎねぇ、後を見い見い、有難うて思う気持ちで、

その狸さんは、ほんにもう、喜んで山ん中さい帰って行たちゅうもんね。

そいからもう、

医者さんなそぎゃんことのあったとは

うっ(接頭語的な用法)忘れとんさったてぇ。

もう、あいから三年も経っとっちゅうもんねぇ。

そん時、京都の御公家さんの、珍しか酷か病気ばしんさったて。

そうしてもう使いの、駕籠で迎いぎゃ来て、

「あなたは、

ここん辺(たい)になかごと偉いお医者さんていうことを聞いて、

迎いに来ました」ち言(ゅ)うて。

そいぎもう、

急なことでとりあえず、

その医者どんな、病気治しぎゃ都さい上(のぼ)んしゃったちゅうもんねぇ。

そいぎやっぱい、その医者さんな上手じゃったとみえて、

じき御公家さんの病気ば治んさったてぇ。

そいぎねぇ、

「もう、草臥れました。

もう、こぎゃーん、あの、

しかめ顔(つら)して公家さんの屋敷に泊まるとよいか宿屋が気楽で良か」

ち言(ゅ)うて、宿屋に泊まんさったちゅう。

そうしたところが、宿屋でその晩から酷う熱の出んさって、

その医者さんな、「ウーンウーン」言うて、苦しみよんさったて。

「頭の痛か。体中ひんなえーたごたっ(体中ノ力ガ抜ケタヨウデアル)」

て、もう恐(おっそ)ろしかもう、苦しんでおんさったぎぃ、

夜中にさ、きれいか娘の来て。

そうしてもう、

冷たか水ば抱えて来ては、頭に冷してくいたい、

湯たんぽも足ん先に入れてくいたい、

体も、五(ご)体(ちゃ)(カラダ)あの痛かところば摩(さす)ってくれる

ちゅう。

そいが三日三晩もばい。

もう、夜中目を覚まあとって、そん娘が、看病しおっちゅうもんねぇ。

そうしたお陰で、医者さんなスッカリ元んごと元気になんしゃったて。

「そいでもう、あの、元気になったけん、

家(うち)がいちばん良か。もう今日(きゅう)は、

お暇(いとま)して帰らんばあ」て。

「あいどん、あん娘のお陰、俺(おり)ゃあ元気になった。

あの娘にいっちょ礼ば言わんぱらん」て、言んさったぎぃ、

宿ん者(もん)に聞いて見るどん、

「そぎゃん娘の来とっと知らんやったあ」て、

言う者(もん)ばっかい。

「あいどん、お手伝いさんじゃい誰(だい)じゃい、おりそうなもん」

て、言うけど、

「こいがやあ。こいがやあ」て、お手伝いさん連れて来るけど、

誰(だーい)も似たごたっとはおらんて。

「そうりゃあ、お礼も言わじぃ帰よこかねぇ」て言うて、

脚(け)絆(はん)どん履(は)きながら、

ヒョッとお茶盆の上ば見んしゃったて。

あったぎぃ、

狸の毛の三本、そけぇあったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

「ありゃあ、さては、あの古狸が来てくいたとばいにゃあ。

ほんに恩返しち、あぎゃん畜生(ちきしょう)でも、

ぎゃん優しか心ばしてくいたばいにゃあ」て言うて、

その医者さんな、ほんに自分の心の中で、頷(うなず)き頷き、

「有難う」て、心の中で言うて、国さにゃ帰って来(き)んさったちゅう。

そいばあっきゃ。

[五七  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P335)

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