嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしねぇ。

悪か年(とし)長(た)けた狐がおって、騙しばあっかいしおったて。

和尚さんは、何時(いつ)ーうでん法事に行くぎ

油揚げばおっ(接頭語的な用法)盗(と)られてしもうて

帰おんさいたちゅう。

そいぎねぇ、

小僧さんが歯痒(はがゆい)くてたまらじぃ、

和尚さんは、いっちょんみやげを持って帰んさいたことのなか。

油揚げどま何時ーうでんあん狐に騙されて、

もうおっ盗らればあっかいして、

今度(こんだ)あ私が、あの狐ば騙してやろう。

いや、敵討ちしてやろう、と思うて、

小僧さんは、狐のおっ所ん辺(にき)ズーッと行きよったて。

そいぎぃ、狐のきれーいか娘になって、

すぐ目の前に化けて来たちゅうもん。

ありゃあ、今んとは狐の化けたあ、て思うたもんだけん、

尻尾は出とらんじゃったけど、

「これ、これ、狐、狐。お前(まい)は、その化け方じゃ駄目ぞ。

尻尾の太かとを後ろにブラ下げて」て、言うたそうです。

そいぎぃ、

出とらんじゃったとけ、ヒョロイ尻尾を出して、

「ありゃ、ほんまにー」て、言うたて。

「そいぐりゃあの化け方じゃ駄目だぞ」て言うて、その日は別れた。

別れる時に狐に、

「お前(まい)。その化けようはどがんして化けおっとかあ」て、

小僧さん聞きさいたちゅう。

そいぎぃ、

狐の言うことにゃ、

「そりゃあ、簡単も簡単。

この杓(しゃ)文(も)字(じ)をねぇ、

黒い方をヒョッと出すぎぃ、男に化くっ。

ヒョロッと返して赤いのを出すぎぃ、女に化ける。やさしかよう」

て言うた。

「ああ、そうかあ。やあ、さようなーら」て言うて、帰ったちゅう。

そうしてねぇ、小僧さんは、今度は狐ば負かせてやろうと思うて、

和尚さんの衣のダブダブすっとば着て、

高(たか)下(げ)駄(た)を履いてカラッコロ、カラッコロ、

音をたてて夜になってから、

その狐の出(ず)っ所(とこ)ん辺(にき)行ったぎ案の定、

「小僧さん、小僧さん」ち言(ゅ)うて、出て来た。

「これ、これ、小僧。

気安くそんなに言うな。頭(ず)が高い。頭が高い」て、

小僧さんは怒ったふうをして、

「私(わし)は伏見の荷稲大明神なるぞ」て、ぎゃん言んしゃったて。

そいぎぃ、頭も、下駄もカラッコロ高(たっ)かもんだから、

ほんなこて足の下を見て、狐はほんとの荷稲大明神さんと思うて、

「ハーッ」て、畏(かしこま)ったそうよ。

そいぎぃ、

荷稲大明神になりすました小僧さんな、

「お前(まい)の化け方はなっとらん。

小娘に化けて、尻尾はプライ出すなんてもっての外だ。

そんくらいの化け方をすんなら、狐の免許はやられんから、

あの呪(まじな)いの杓文字を出せ」て、言いんさいたぎぃ、

狐は、「へぇー」て、畏って出した。

そしてカラッコロ、カラッコロいわせて、小僧さんは寺に帰らした。

そうしてねぇ、小僧さんな、

「和尚さん。もう狐は騙しえんよう。

法事に行く時も帰りも怖(え)っしゃせじ良か」て。

「今(こん)度(だ)あ、みやげをおっ盗られんよう」て言うて、

和尚さんば安心させんしゃったそうです。

ところが、あの、一時(いっとき)ばっかいしたぎぃ、

夜になってから、檀家の者ちゅうて来た者のおって、

「ごめんなさい。和尚さん、おっかんたあ」ち言(ゅ)うて。

「おる、おる」

そして、世間話どんしてからねぇ、

「和尚さん、お寺の小僧さんな偉かねぇ。

あんた方の小僧さんの、あの、狐の化くっ杓文字ば

取り上げてくんしゃったてじゃろう」

「ほんなこてやあ」て言うた。

「ほんなこと。ほんなこと」

「そいぎぃ、そい、あなた何処(どこ)なわいとんしゃん。知っとっねぇ」

て、聞いたちゅう。

「知っとる。知っとる。あの、私(わし)に小僧は預けたとじゃもん」

「あいば、そいばチョロッと見せてくいてんさい。

どぎゃんとじゃい、私(あたい)どま一遍でん見たごとなかーあ」て、

和尚さんに言んさったちゅう。

「そうねぇ、そりゃ簡単かさあ。赤と黒とあっ」ち言(ゅ)うて、

その杓文字ば持って来たら、

「あら、こいかんた。

あいどん、もう晩に暗うしてわからん。

お月さんがましどんじゃなかろうかにゃあ」て言うて、外に出て行って、

「あら、ほんなこて不思議かごとしとっ」

(そりゃ狐で取り返しに来たと。)

そいぎぃねぇ、小僧さんは歯痒うしてたまらん。

折角取い上げたとば、まんまと和尚さんのおっ盗られて、

歯痒うして腹ん中、煮えくい返っごと歯痒いか。

何(なん)とかして取り戻さんばあ、と思うとった。

そいぎねぇ、今(こん)度(だ)あねぇ、狐のあのおっところにねぇ、

何(なん)てじゃい言うて取り上ぎゅうで思うて、行きおんしゃったら、

もう狐もこれには降参して、その杓文字を出したそうです。

そいぎぃ、

「これは私(わし)が預かって行く」ち言(ゅ)うて、

持って行きんしゃったて。

「和尚さん、誰(だい)でん来たてちゃ見すっごとなんばい

(見セテハイケナイヨ)」て言うて、

なやあとんしゃったら、

ある日のこと、

殿さんの耳に達したち言(ゅ)うて、

殿さんがこのお寺にお忍びで来(き)んさったということじゃった。

そいぎぃ、

小僧さんがきれいにお寺ば片付けていた所にお出でんさっごと

筵(むしろ)ば敷(し)いとったて。

そいぎぃ、殿さんが来て、

しばらくして、

「和尚、ここにはあの、狐の化くる巻物(まきもん)があるそうじゃないか」

て言わす。

「いいえ、いいえ。殿様、巻物じゃございません。

それは、あの、杓文字でございます」

「ああ、杓文字か。杓文字でも何(なん)でもいい。

私(わし)にちょっと見せてくれ」て、言んしゃって。

そいぎぃ、

「へぇーい」ち言(ゅ)うて、持って来っ。そいぎぃ、

「これはまた珍しい物だなあ。

これくらいの物で化けられるものかなあ」て、さも関心したごと言うて、

「これ、二、三日私(わし)が預かって行くぞう」て言うてねぇ、

殿様が預ってはって行きんさった。

そいぎ小僧さんは、裏ん戸口から帰って来て、

「あら、和尚さん。あいも狐に違(ちぎ)ゃあなかったとけぇ、

追っかけてみよう」と言うたが、和尚さんは、

「殿さんが、『取り上ぐっ』て、言うたから、反抗はされんやったあ」

と言い、和尚さんから怒らるっしぃ、後(あと)追っかけても、

もうそのへんには殿さんの姿はなかったと。

まんまと殿様になった狐にやられたちゅう。

そういうこと、ねぇ。殿様狐に負けた小僧さん。

[五四  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P331)

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