嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしむかしのまた昔の話をいたします。

むかーしはもっと田舎は田舎、本当に昔の田舎の田舎のお話です。

狐さんたちがもう、その辺(へん)は自分たちの天下のように、

もう沢山(よんにゅう)おって人を騙しおったてよう。

そいぎねぇ、

ある時、狐さんが道端の石に化けとったて。

そいぎぃ、旅人がズーッと昔は大方、

一(ひと)山越え二(ふた)山越えして向こうの町さい旅人が、

行きおんしゃったてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、

良か塩梅(んびゃあ)に石のあったもんけん、

石に腰掛けてお握りの太かとば食べおんさいたちゅう。

「ああ、お腹のすいて美味(おい)しかあ」ち言(ゅ)うて。

そいぎねぇ、

お尻の方で、モゾモゾモゾって、お尻のしたと思うと、

「いっちょ欲しかあ」て。「いっちょくれぇー」て、言うてじゃっもん。

クルックルクルって、

後ろ方ばその旅の人は見よんしゃったいどん(見テオラレタケレドモ)、

誰(だーい)もそこん辺(たり)おる者ななかてじゃいもんねぇ。

そいぎまた、

「ムシャムシャ、ムシャムシャ。美味(おい)しーい、美味しーい」

ち言(ゅ)うて、食べおんしゃったら、

「いっちょ欲しかあ。お握りいっちょ欲しーかあ」

て、また声のすって。

そいでも

辺(あた)りにゃ、誰(だーい)もおらん

そいぎもう、恐ろしがって、

「こりゃあ、化け物の出たあー」ち言(ゅ)うて、

その人はもう、急いでその弁当を包んで、もう、

命からがら下って、仕舞(しみゃ)あいんしゃったてぇ。

そいからまたねぇ、四、五日経(た)った、

もう日暮れ時にねぇ、

子供が隣村にお使いに行ったそうです。

もう用事ばすまして帰って来(き)よったて。風呂敷包みどん持ってねぇ。

子供の足ではもう暗(くろ)うなりかかったちゅう。

早(はよ)う道ば急がんぎ真っ暗うなっ、と思うて、

秋の夕方ば一生懸命に足ば早めて、その子供が山越えて来(き)おったて。

そいでも、

とうとう山の中でトップリ薄(うす)ー暗うなってしもうたてねぇ。

ところが、

向こうを見たらねぇ、太か螢のポカー、ポカーって、飛びおって。

いっちょ取ろうかあ、と思うて、

「螢、来い来い」ち言(ゅ)うて、その人、つかまえようとするけど、

つかまえきらんて。

つかまえようとすっぎぃ、うんと倍ぐらい太うなってじゃもんねぇ。

お茶碗のごと太うなり、またつかまえようとすっぎぃ、

今度はねぇ、お盆のごと太うなったて。

そいぎぃ、

恐ろしゅうなってねぇ、

「ああ、恐ろしか。

もうこりゃ化け物じゃったあ」ち言(ゅ)うて、

その子供もパタパタパタ、草履を音させて逃げてお家(うち)に帰ったら、

家の近くにねぇ、お母さんが出迎えとんしゃったてぇ。

「あら、お母さん怖(えす)かったあ。

恐ろしかったあ。迎いに来(き)てくれて有難う」て、言うたら、

「何(なん)の恐ろしかったとやあ」て、お母さんは聞きんさっ。

「螢の太かとの出てきて、怖かったとばーい」て、子供が言うたら、

「このくりゃあ、あったねぇ」て言うて、

こう手でねぇ、お盆のような格好をしたて。

子供は、

「いんにゃあ、まっと太かったあ」て、言うたら、

両手ば広げて臼のような格好。

そうしてねぇ、

「お母さん、そがん大きくなかったけど。とにかく大きかったあ」

ち言(ゅ)うて、話しながら、お家(うち)に帰ったらねぇ、

家ん中にその子供のお母さんは風引いて休んどんしゃったてぇ。

そいぎぃ、

「あらー、迎いに来てくいたとはお母さんじゃなかったあ。

そいじゃ、あれも化け物じゃった」

「あれは、このへんの狐じゃったとばい。

あんた、狐から騙されたとばい」て、お母さんから言われて、

やーっとその坊やは騙されたとわかった。

そうして、

「そのことがほんに、あの山越えは近道じゃいどん、あっこは通られん。

日暮れどん通っぎぃ、狐から誑(たぶら)かさるっ」ち言(ゅ)うて、

皆が恐ろしがったて。

そうしたところに、

ある日、山(やん)法(ぼう)師(し)がねぇ、夕方この村に来て、

道を通るのに狐が邪魔するていうことを聞いて、

「そんなら私が退治してやる」て、言うもんで、皆が笑うて、

「ありゃあ、駄目、駄目。そんな誰(だい)もかいも退治どましわえん。

恐ろしかもう、年功くうた狐じゃっけん、

とても退治どんさるっ狐じゃなかつよう」て、皆が言ったて。

いや、そいでも山法師さんは、

「私はもう、野を駆(か)け、山を駆け、

千日行(ぎょう)もした者だから、法力によってその悪い狐を戒めてやる」

て、言ったそうですもん。

「それじゃあ、お願いしましょう」て、村人が言うたもんだから、

山法師さんは引き受けて、

夜にかけてその山を越して行ったそうです。

そしたら夜の山ん中に大きな丸太ん棒が

道の真ん中にドサーッて、あったじゃんもんねぇ。

ありゃ、これこそ狐の仕業に違いなか。

風も吹かんのにこんな大きな木が倒るっわけなか、山法師さんは思って、

自分の錫杖(しゃくじょう)をシャラシャラシャラて振って、

カチャってその、木の側に立てて、

(何か知らんけど、)南無阿弥陀とか、南無妙法蓮経とか、

お経さんをねぇ、熱心に唱えたと。

そして、そこを去ってねぇ、麓の村で夜が明けるまで休んでから、

夜が明けるのを待って、木の倒れとった所に行かれたら狐が、

道の真ん中に長(なご)うなって、

「動かれーん。動かれーん」て、

ウーン、ウーン唸(うな)いおったそうです。

そうしたらねぇ、その山法師さんが言うには、

「私が今あげたお経さんな、『足止めの法』て言う。

狐さん、お前が幾ら化かそうで思っても、こっから一歩も動かれんぞ」

そいぎぃ、その狐はホロホロと涙を出して、

「山法師さん、お願いします。

私は、お母(か)っさんもお父さんもおるから、

我が家(や)に帰してください、お願いします。

もう、こんな人間を騙すような悪さは決していたしません。

エーン、エーン」て、涙を流して泣いたて。

そいぎぃ、

「本当に改心したかあ」て、山法師さんが言うたら、

「本当に改心しました。もう、これから悪さは絶対いたしません」て。

山法師さんも本当に後悔した様子を見てとって、

「もう絶対に人間に悪さをしないなら、

この足止めの法を解いてつかわそう」と言うて、

またムニャムニャ、ムニャムニャ、ムニャムニャ、ムニャムニャて、

熱心にお経さんを読まれたそうです。

そうしたら、ピョコンて座って、

「有難うございました」て、言うより早く山ん向こん方さい、

狐は跳んで帰ったて。

それからは、山に行っても不思議なことに誰一人騙さることはなく、

怖(こわ)いこともなくて、皆が安心して通ったちゅうこと。

そいばあっきゃ。

[五二  本格昔話その他〕

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P329)

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