嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

峠の鍛冶屋さんに、婆ちゃんのさ、

アサリ取りに行きんしゃったてぇ。

この婆ちゃん、何時(いつ)ーでんねぇ、

近所の婆ちゃん達と連れだって、四、五人で行きおんしゃったちゅうもん。

あいどんねぇ、その日は、

「もう、あの人は祝儀のあっ。この人とは風邪引いたあ。

この人は何(なん)じゃい用事のあっ」ち言(ゅ)うて、

誰(だーい)も行こうでいう者のなかったてぇ。

そうして、秋にないがけで寒か日じゃったちゅうもんねぇ。

お連れさんは誘っても誰(だーい)でん都合のできじぃ、

あの、とうとうその婆ちゃんな、

「一(ひと)人(い)でんどうあろう」て言うて、出かけらしたて。

あーったぎ婆ちゃんの、

その、海に行たてみんしゃったぎぃ、

もう貝の沢山(よんにゅう)あってじゃんもんねぇ、

アサリ貝が。そいぎぃ、もう一生懸命、

アサリを袋いっぴゃあ取って、スウーッと行きおんしゃった。

潮の満ってきたてぇ。そうしてねぇ、

満ってきてとうとう帰らんごとなったけん、

早(はよ)うあの岸まで行かんば、と思うて一生懸命、

袋ば担げて走って来(き)おんしゃったぎねぇ、

もうダラーッて、窪(くぼ)みにねぇ、

かっかえんしゃった(落チラレタ)て。

あーったぎその、落ちんしゃった所(とこ)、こう見んしゃったけん、

丸―か赤か柱のあってねぇ。

そうして、その柱の陰からね、

若(わっ)かきれーいか娘の覗きおっちゅう。

そいぎ婆ちゃんな、汚れたぐっておったもんじゃっけん、

恥ずかしかったけん、

そうしてジーッとしとったぎねぇ、娘が言うには、

「お婆ちゃん、恥ずかしがらんでいいよう」て。

「こっちに来(き)んしゃい」て言うて、

ほんに優しい言葉は、かけてくんしゃったて。

あったぎねぇ、あの、

「いんにゃあ。私(わし)ゃ折角アサリを取り来たけん、

このアサリを早(はよ)う家(うち)さい持って帰らんば、

家(うち)の者(もん)も心配すっけん」言うて、

言んしゃったて。そいぎねぇ、その女の人がねぇ、

「じゃ、チョッと待ちんさい」て、

言うてから、一時(いっとき)したぎまた来て、

「この小さな小箱はね、決して蓋(ふた)ば取ってはいけません。

こりゃ、乙姫さんがあなたさんに

『やれ』ち言(ゅ)うて、私があの、言いつかって来たと。

そいけん、こりゃ知っときんさっぎぃ、あなたに良かことのあっけんが、

決して蓋ば取っていけませんよ」て言うて、

小(こま)ーか木箱ばくいてね、

「私が案内すっとこれ、一時(いっとき)目ばつぶっとんさっぎぃ、

じき娑婆さい出らるっ」て、その女の人言んしゃんもんじゃい、

チョッと一時ばっかい目ばつぶっとったぎね、

そいぎじき我が家(え)さい帰れたてぇ。

ところがねぇ、あの、峠の鍛冶屋では、

「婆ちゃんなアサイ貝(ぎゃあ)取って、

一(ひと)人(い)行たていっちょん

帰って来(こ)らっさん」ち言(ゅ)うて、村は総出でねぇ、

「何処(どこ)ん辺(たい)さい行かしたろうかにゃあ」て言うて、

もう総出で捜しおったて。

あったいどん、いっちょん目(め)ぇかからじぃ(ヒトツモ見エナイデ)、

ズーッと海ば捜しおったぎねぇ、

甚八笠の潟ん上あったちゅうもん。

「ありゃあ。こけぇ婆ちゃんの被って行かした甚八笠のあったあ」ち言(ゅ)うて、

甚八ばこうして取ってみたぎぃ、

そりゃ笠ばっかい浮かっとった。

そうして、とうとうそいから婆ちゃんな、

三年も帰らっさんじゃったて。

そいでねぇ、あの、三年も帰らじ三年忌ば、

年忌せんばらーん」て、家(うち)で言いおったて。

あったぎぃ、こりゃ話は別ないどん、

有明海にハゼ釣いぎゃ行た若(わっ)か者(もん)のおってね、

ハゼば釣いおったぎぃ、こうして見たぎ沖の向こうの方で、

「助けてくれー。助けてくれー」て、

叫(おら)ぶ声のすっちゅうもん。そいぎビックイしてねぇ、

ありゃあ、誰(だい)じゃろうかにゃあ、と思うて、

見おったぎぃ、その、

三年もおらんごとちぃ(接頭語的な用法)なったちゅうて、

もううつ(接頭語的な用法)忘れしゅうでしおった鍛冶屋の婆ちゃんの

「助けてくれー」ち言(ゅ)うて、喚(おめ)きおんしゃっ。

そいぎ若(わっ)か者(もん)な、

「まあ、婆ちゃん」ち言(ゆ)うて、

おろちいて(ウロタエテ)舟ば、我が舟ば、

婆ちゃん所(とこ)さい漕いでいたて、助けてやったて。

あったぎ婆ちゃんな、

「ハアーハ、ハアーハ」言うて、舟の上さん上がって来(き)たいどん、

いっちょん、ものいっちょでん言わんて。

そうして小(こーま)か箱ばしっかい抱(うじ)ゃあとらすて。そいぎ若か者の、

「こりゃ、何(なん)なあ」て、聞いても、

「ハアーハ、ハアーハ」よっぽどきつかったと思うて、

息ばっかいしおらすちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、その若か者が鍛冶屋の婆ちゃんば連れて、

婆ちゃんな我が家(え)さいよいよう帰らしたて。

そして、やっと正気づいて話すには、家の者な、

「婆ちゃん、三年忌ば今日(きゅう)はしゅうでしおっとばい。

婆ちゃんがおらんごと、三年もおらんじゃったよう」て、言(い)うたぎぃ、

「あらあー」ち言(ゅ)うて、

腰抜かすごと婆ちゃんが、ビックイした。

そうして今までんことを婆ちゃんが、

ボツボツ話さすには、

「一(ひと)人(い)でアサリ貝(がい)のあることあること、

恐ろーしか沢山(よんにゅう)あったもんじゃい、

袋いーぴゃあ取って、取いおったぎぃ、

そのうち潮ん満ちてきおったもんじゃい、

こりゃあ大事(ううごと)と思うて、走って来(き)おったぎドスーンて、

穴に入(ひゃ)あたぎもう、海の底まで、潟ん底までかっかえた。

こうして見たぎぃ、そこはねぇ、

赤(あっ)か柱のきれいか御殿やったて。

そうして柱の陰からきれーいか女(おなご)のねぇ、

神さんのごときれいかとの出て来て、

『お出(い)で、お出で』したいどん、

『いんにゃあ。早(はよ)う帰らんば、

アサイ貝(ぎゃあ)取って、アサイ貝の死ん』」ち言(ゅ)うて。

そいぎぃ、

『チョッとばっかい待っとってくんさい』て言うた。

チョッとばっかい待っとったとが、三年もかかっとったてやあ」て言うて、

奥の方から、あの、乙姫さんの『おみやげ』ち言(ゅ)うて、

この小箱ばくいらしたあ」ち言(ゆ)うて、

ほんなこて小箱ば見せらしたちゅう。

あったぎほんなことやったばいねぇ、

と思うて、皆が珍しかったけん聞いたて。

「あいどん、

『この箱ば決して蓋(ふた)ば開くっことならんよ』て。

『目のつぶるっばあーい』」て、言わした。

あーったとこれぇ、その話がじき噂の村中に広がったて。

そいぎぃ、その誰(だい)でん珍しか乙姫さんから、

小(こーま)か桐の箱ば貰わしたていう評判で、

もう、その箱が見たしゃあ、

村ん者(もん)どんの来る日も来るも、

集まって来ってやんもんねぇ。そいぎぃ、

「その蓋ば開くっことなんてやあ。

蓋ば開くっぎ目のつぶるってやあ。

浦島さんな煙(けぶ)いの出て、爺ちゃんになんしゃったいどん、

煙いでん出(ず)っとやろうかあ」て、見とおうしてたまらん。

そいどん蓋ば開くっごとなんち、硬う言われたけん。

そいが庄屋さんの耳に入(ひゃ)あい、庄屋さんなまた、

殿さんの耳に入れんさったて。そいぎぃ、

婆ちゃんな峠の鍛冶屋の婆ちゃん、

小(こーま)か箱ば竜宮から貰(もろ)うて来て、

乙姫さんからみやげに貰うて帰っとらす。

三年もおらじ生きて帰らしたあ。

珍しかもんじゃい、皆が寄って来て、

とうとう殿さんの行列つくって来(き)んしゃった。

そうして、その桐の箱ば、

「開けろ。開けろ」て、言んしゃったて。

「いんにゃあ。これはお約束じゃっけん、開けられん」て。

あいどん、何の入(はい)っとろうかあ、

開くっぎぃ、そのうち庄屋さんの言んしゃんには、

「婆ちゃん。その蓋ば開けたけんちゅうて、

お前(まい)一(ひと)人(い)の罪にはならん」て。

「ぎゃん沢山(よんにゅう)、

黒山のごとっ集まった者(もん)の全部(しっきゃ)あ責任ばい。

負(あ)うとじゃいけん、盲にもならんけん。

いっちょ、ぎゃん殿さんまで来(き)んさったもん、

開けてみじにゃあ」て言うて、

全部(しっきゃ)の者(もん)が言んしゃんもんじゃい、

「そいも、そうだなあ。こいも、

全部の者の全部で責任ば負(お)うてくるんないば、

そいぎぃ、ちい(接頭語的な用法、)開けて見しゅうかあ」て言うごと、

ソロソロ婆ちゃんがならしたて。

そうして床の間に飾っとった桐の小箱ば持ち寄って、

「誰(だい)でん見てみたかのう。見てみたいもんだのう」て、

言う声ばっかいすん中で、とうとう婆ちゃんな皆の、

庄屋さんの言うことやら、皆に言わすもんじゃい根負けして、

いよいよ桐の箱ば開けてみっごとなった。

あったぎ桐の小(こーま)か箱ば開けてみよったぎねぇ、

青ーかとの見ゆっちゅうもん。

青ーかばっかい、何(なん)じゃいわからーん」て言うて、

いよいよ蓋ば開けてみたぎねぇ、蚊帳じゃったちゅう、

ねぇ。もう三人、五人、十人、五十人ていう者の持って開くっぎぃ、

広ーか広ーか、もう本当に胸(むな)いっぴゃあ入(ひや)ーってしまうごと、

広か太か蚊帳じゃった。表の通りのとおりか、

もうズーッと、いちばん端におった者は小(こう)―もなって、広か蚊帳じゃった。

「ぎゃん太か蚊帳の、ぎゃん小か箱ん中(なか)ゃあ入っとった。

そいが、竜宮の乙姫さんのこっじゃっけん、

ぎゃんとに入れんさっ」ち、面々言うてね。

あいどんさ、あの小箱の中ゃあ蚊帳じゃったてわかったもん。

誰(だい)でん、こりゃ収めて、そうして、あの、

「収めじにゃあ」ち言(ゆ)うごとなったぎぃ、

蚊帳の、その小(こま)か箱に入らんてじゃんもんねぇ。そいぎ皆で、

「ワッショイワッショイ」言うて、

「こりゃ氏神さんに収みゅう」て言うて、

氏神さんに持って行列つくって行た。

あったぎ氏神さんのお社ん中から声のして、

「そりゃ、竜宮の物(もん)だから、

私(わし)が受け取るわけいかん」て。

「これはなあ、あの、有明海の土手の方に石の祠に乙姫社ちて、

あったろう。あつこの乙姫社に返すとが、

いちばん良か」て言う、氏神さんの声じゃったて。

そいぎまた、皆がワッショイワッショイ担いで、

その有明海の乙姫社の所(とこ)に行たて、

その石の祠に閉じてあるところば開けた。

そうして、この青か蚊帳ば供えたぎ不思議なことに、

その蚊帳ばスルスル、スルスルって、

その祠の中に入(ひゃ)あって、何(なーん)もなかごと入あってしもうたあ。そいぎぃ、

「ああー、こいで良かったなあ」て言うて、

皆が御神酒どん上げて、

「有難う。もう良かったあ」ち言(ゅ)うて、

峠の婆ちゃん所(ところ)に、乙姫さんに返(かや)あたばあーい、

て言おうで思うて、皆が来てみたぎ婆ちゃんな、

家(いえ)の中(なき)ゃあおらんち。どうしたかと思うて、

見たぎ布団引っ被って、ガタガタやって震(ふり)いおらしたち。

そうしてねぇ、あの、皆が、

「お返して来たあ」ち、言うたぎぃ、

もう返事する元気もなかごと、婆ちゃんなしとらしたて。

あったいどんねぇ、その鍛冶屋さんの婆ちゃん、

大体ねぇ、生まるっ子供が全部(しっきゃ)あ、

片一方の目のつっ切れとったて。

代々、片目はつぶれた子の生まれたちゅう。

チャンチャン。

〔四二  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P318)

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