嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 内緒ちゅう題です。

それはねぇ、むかーしむかしねぇ。

あの、とても正直な男でとおっとんさっとのおんしゃったてぇ。

あったぎねぇ、朝、早(はーよ)う起きて向こん方の山ば、

こうーして見おんしゃったてぎさい、

恐ーろしかきれーいか女(おなご)の、こう山ん上立っとったてやんもん。

そして何(なん)じゃい手ばペラペラってして、

こう招きよっごとあったてぇ。そいばってんねぇ、

そのあぎゃんとは、あの、きれいか娘よーと思うて、

はじめて見たと思うて、ボーッてしとらしたちゅう。

その正直(しょうじっ)か男は。あったいどんねぇ、

そぎゃんしてもう、顔に見とれとったぎぃ、

プッと見えんごとなった。

あったぎぃ、またあくる日もねぇ、

あすこん辺(たい)見えおっとにゃあ、と思うて、

こうして山ん上ば見たぎぃ、やっぱい同じごと山の上ん辺(にき)ねぇ、

きれーいか女(おんな)のニコニコして手招くてぇ。

俺(おれ)、合図しおっじゃろうかにゃあ、誰(だれ)じゃろうかにゃあ、

と後ろ横背見たいどん、

そこん辺(たり)は誰(だーい)もおっごとの様子じゃなかちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、あの、ありゃあ、俺、

気のあっとばいなあと、その人、思うとったいどん。

もうまた、あくる日もこう、

顔どん洗(ある)うてから、ポーンとしてすんもん。

見てみたて。あったぎまた、

同―じこと山の天辺(てっぺん)の所にね、

きれーいか女(おんな)の手招きばしおって。

そいぎぃ、何(なん)もかも今度、うつ忘れてさ、

三日もそん人の出て来んしゃったもんじゃい、

その男が、ズーッとその人を引き寄せられて、

はって行たて。あったぎねぇ、行たぎ抱きちいたてぇ。

「あさんのいっちょん私が手招きすっとに、

来んさらんもんじゃい、もう悲しかったあ。

ほんーなこて会(や)あたかったあ」て、言うてじゃんもん。そうして、

「私はねぇ、あんさんと会わんばらんごと因縁があっとよう。

あっとこれぇ(トハイエ)、来てどがんしゅうかと思うとったあ」て。

「あーあ、良かたーあ」ち言(ゅ)うて、涙流(なぎ)ゃあて。

「そぎゃーん言うたてちゃ、私(わし)には女房も子供もおっ」て。

「お前(まい)のこう、山から見た所(とこ)、あそこが家(うち)たい。

あつけぇ、女房も子供おっとこれぇ。そぎゃん、

お前(まい)さんの言うごとばっかい、されん」

「今日は、ぎゃん行き合うた。

私の家(うち)に来てください」こがん言んしゃっ。

そしてねぇ、ズーッと案内して連れて行たぎぃ、

もう、チョーッと門構えのあってもう、

広ーか部屋の幾らでんあって、玄関に届(とじ)いたぎぃ、

下女どんも二十人といわんごとおって、

「お帰んなさいませ」て言うて、その、迎えたて。

そうして奥座敷でもう、美味(おい)しかお酒も飲ませたい、

そいから丸(まーる)かとね、

何(なん)じゃいろ口ん中(なき)ゃあ入れるっぎとろくっごとして、

痺(しび)るっごと美味(うま)か果物も食べさせたて。

そうして、お御馳走もいっーぱい出たて。

そいぎねぇ、そぎゃんしてもう、ほとめかれたもんじゃ、

つい、何(なん)日(ち)でん、ちぃおんしゃったてぇ。

そうしてねぇ、その人は何日でんおったいどん、

ヒョーッと何日じゃいしたぎぃ、自分の家(うち)が、

やっぱい女房や子供が思い出(じ)ゃあてね、

ぎゃんして他所(よそ)の女(おなご)の所(とけ)ぇ入りびだって良(ゆ)うなかあ、と思うて、

「家(うち)、帰りたかあ、帰りたかあ」て、

言いかけんしゃったぎねぇ、

「良かさい。あんた方に帰らんたちゃ、

あんたの子供もおっ母さんもね、いっちょん嫁さん達も困らんごと、

私(あたい)がチャーンと計ってやいよっけん、こけぇ、おって良かさい。

何時(いつ)まっでん、あんたと二人(ふちゃい)ぎゃんして楽しゅうおろう。

私もあなたの家(うち)、帰っぎんとにゃ悲しか」て、言うてじゃんもん。

そいぎぃ、その正直(しょうじ)っか男は、もうそいがほんなことと受けてね、

「ああ、ほんなこて、あの、お前さんのそぎゃん言うて、

私(わし)もお前さんも嫌いじゃなかばってん、

一応あの、子どんと家内とも別ればしてから、また来っけん」ち、

すぐ言うもんじゃい、泣く泣くねぇ、

「そんないば、今日、ここで会うたことは絶対、

嫁さんだって他の者(もん)にも絶対教えくっこんなんよ」て、言うたぎぃ、

「そりゃーあもう、私(わし)だって大事(ううごと)じゃっけん、言わん」て。

「そぎゃんことうちわくんもんかあ。信用して良かーあ」て、

言うもんじゃい、指切りげんまんして、

「信用しますけん、誰(だれ)ーにも一言でん言うてくんさんな。

こがんして山で会うた女(おなご)ん所(とけ)ぇ、

おったて言うてくんさんなよー」て言うて、

硬う約束して下らしたちゅう。

そいぎねぇ、我が家(え)行ったぎねぇ、

沢山(よんにゅう)人の集まっとってじゃんもん。

不思議かにゃあ、と思うて、根っん者(もん)に合うたぎね、

「あら、お前(まい)さんな生きとったのう」て言うて。

「生きとったくさーい」て。

「何処(どけ)ぇじゃい行たとったとやーあ。

もう大抵(たいちゃ)尋(たん)ねてもう、お前さんな大方、

死んどらすちゅうて、今日(きゅう)も、七年忌ばーい」て。

「法事のあいおっ」ち言(ゅ)うて、線香どん上げて、

和尚さんの来て、後ろの方に家内やら子供やら拝みよったちゅう。

そいぎにゃ、その晩なじき、もう、

「主人の帰って来らしたあ。何処(どけ)ぇ、

ほっつき歩き(サマヨイ歩キ)おらしたいどん」て、

嬶(かか)さんの言うてね、今度、お祝(いや)あに変わったて。

あったぎねぇ、お祝あに変わってね、うんて宿屋でね、

そこでしたぎぃ、やっぱい元(もと)連(つ)れ添うた嫁御は、

良か者(もん)でさ、誰(だい)でん長(なご)うお酒どん飲んでから

帰って仕舞あどって、たった夫婦(みゅうと)になったぎぃ、

「何処(どけ)ぇ行たとったあ。ほんーに私ゃ大抵世話焼いて、

ほんーなこて夜の目も眠らんじゃったばい。

ほんなこて、おらんごとなってあんさんのほんに大切かとがわかったーあ。

ほんーに今からあなたを大切すっから、

ほんにぎゃんおらんことのなかごとしてくんさい」ち言(ゅ)うて、

シミジミ泣(に)ゃあて訴えてねぇ、手ば取って言うもんじゃ、

「ほんに世話焼かせてすまんじゃったない」て言うて、

我が嫁御じゃんもんじゃい、長(なご)う連れ添うとったけんと思うて、つい心ば許してね、

「実はない、お前(まえ)も困らじぎゃん暮らしおったない。

なしじゃいズーッと食いやいの良(ゆ)うして、家(うち)ゃお金も困らん、

物にも困らん、ぎゃんして元の暮らし以上に

良か暮らしをしおったあ」て、言うてその、家内が言うたて。

「そぎゃんない」ち言(ゅ)うて、

「俺(おり)ゃあねぇ、ほんにお前(まい)さんにすまんじゃったいどんが、

ぎゃんしてぎゃんして、顔ば洗(あり)いよったぎ三日も、

あっこの山ん上の女(おなご)の見えて、

『こっちさい来い。こっちさい来い』て言うて、

その女(おなご)の俺(おい)ば離さんじゃった」て。

「『お前(まい)さんな正直で、ぎゃん正直か良か檀那さん。

お前(まい)さん、おってくいろ、おってくいろ』ち言(ゅ)うて、言うどん、

『ぎゃんこと誰(だれ)ーでん言うなよう』ち言(ゅ)うて、

帰って来たーあて、言われて帰って来たあ」て言うて、

話しんしゃったぎね、あったぎにわかにガラガラガラて、

何(なん)でんかんでん壊るごたあ音の、雷さんじゃなししたて。

そうして見てみたぎねぇ、我が家は元のあばら家じゃったてぇ。

そいで、元んごとーなって、もうねぇ、

あの山に嬶(かか)さんも誰(だーい)も、

女(おんな)の人も現われんやったーあて。

そいばあっきゃ。

内緒ばちい話(はに)ゃあたけん。

手放したけんね、約束ば破ったと。言うてね、そぎゃん話です。

〔四一  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P316)

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