嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

爺ちゃんな、いろいろ鰻(うなぎ)やら純(どん)甲(ぽ)やら、

もう何(なん)か、川に行たて、もう、

お魚どん捕るとがいっちょの楽しみじゃった。

そいぎぃ、この爺ちゃんが今日(きゅう)も霜、

その朝の寒ーか時に、川(かわ)辺(べ)に行ったけど、

こやん寒か時ゃ水の中に入(い)ろうーごたなかようー、

と思うて、そこん辺(たい)の木ぎれどん拾うて、

そしてもう、そこに火ば燃(も)やあーてねぇ、

「ああー、足も手もかなわんごと冷(つめ)たか。

ああー、ぎゃん時ゃ火よいか有難かもんはないなあー」て言うて、

ボンボンボンボン川辺であたりおんしゃったぎぃ、

プルーッて、その川(かわ)辺(べ)りの草むらの中に、

何(なん)じゃい、真っ黒かとのおってかごんどって。

「ありゃ、生き物(もん)じゃろかにゃあ。

何(なん)じゃろかにゃあ」て言いおったぎぃ、

「爺ちゃん寒いなあ」て言うて、

そしてブルブル、ブルブル震うごとして、

こうしてしゃがんで、見て見たぎ河童やった。

「あらあー、お前(まり)ゃ河童か。

河童も寒いだろうなあ。

ここで爺ちゃんなひと焚たきしたら、暖(あった)まったよ。

ここにお出で。一緒にあたろでお出で」て、言うたら、

「はい。有難いことでございます」ち言(ゆ)うて、

その河童が爺ちゃんの側(そば)に来たて。

そしてねぇ、爺ちゃんの側にその河童が来て、

「ああー、寒い時は本当(ほんと)に火がいちばん

暖(あった)かいのがご馳走ですなあ。

こいよいが有難いことはありませんな、爺ちゃん」ち言(ゆ)うて、

二(ふ)人(たい)でそぎゃんこと言うてねぇ、

連れしてあたいおった。そして河童があたいおったて。

翌日もねぇ、ちょうど同し所に行たってお魚どん捕いおったら、

「あら、お前(まい)さん。昨日もおったいのう。

今日も震(ふり)いよっかん、冷やかのう。

ここに来てあたいやい。今日も、そいぎぃ、

ここで火ば焚こうでぇ」ち言(ゅ)うて、

河童がまたそこに来たて。そして、

「有難い、有難い。こんな有難いことはなか。

本当(ほんと)に有難いなあ」て言うて、

暖(あった)まって、七日もねぇ、そぎゃんしてあたっちゅう。

ところがね、七日目には、どんこ日和ちゅうてね、

冬でも珍しゅう、あの、何(なん)か生暖かい日があったて。そいぎぃ、

「爺ちゃん、何日(なんち)でんあたらせてもろてほんに良かったよ、

助かったあ。これねぇ、

爺ちゃんがあたらせてくいたお礼にこれを爺ちゃんにあげるよ」て、言うてね、

人間のカポッと入(はい)るごた袋を持って来て、

「これ爺ちゃんにあげます。お礼です」

「ほう、これがお礼なあ。

でも、何(なん)か汚(きたな)かごた袋なあ」て言うて、

爺ちゃん裏に返し、表に返し、

爺ちゃんが見よったら、その河童が言うには、

「爺ちゃん。これは大変、

河童の宝物(たからもん)だよ。

この中になスパーッて入(はい)って、

ジーッとかごーで、

『大阪が見たいなあ』て言えば、

大阪の道頓堀でん中之島でん見ゆっ」ち言(ゅ)うて。

そいでねぇ、

「『京都の五重の塔が見たいなあ』て、

言うてご覧。そいぎ五重の塔の立派かとのあそけぇ聳(そび)えとっ」て。

舞妓さん達のきれいか女(おなご)の通(とお)いおいよっ。

そいどん爺ちゃんな、相撲も見たかろう。

そいぎぃ、江戸相撲も見たかなあて、

その袋の中(なき)ゃあ入っぎぃ、

そいぎぃ、ドッチャイドッチャイて、

相撲ば取いおっとが見ゆって。

こいが宝物(たからもん)じゃいどん、私(わし)はもういらんけん、

爺ちゃんにあたらせてくいたお礼にやる。

そいぎぃ、爺ちゃんしてみな」と、言ういうところで、

「相撲がいちばん面白いなあ」ち言(ゆ)うて、

そこの中へカパッと入った。

そしたらもう、お相撲さんの、江戸相撲のねぇ、

もうチョッと面白う投げられたい、

強かったい、押し合いしたいして、

「ああー、こりゃあ有難いもんば得たあ。

ほんにこいで楽しもう。有難うよう、

今日はもう魚どま捕らんで、

家(うち)に帰ってから京都見物でんしゅう」ち言(ゅ)うて、

爺ちゃん帰ったて。そうしたところが、婆ちゃんの、

「爺ちゃん。ぎゃん今まで寒かったけん、

焚き物(もん)は焚いてしもうた。

山に行って焚き物(もん)の取って来(こ)んぎぃ、

また冷やさの来(く)っぎぃ、もう困るよ」て言うて、

婆ちゃんがめくい出し(目玉ヲムキ出シ)ようもんだから、爺ちゃんは、

「ああ、そうか」ち言(ゆ)うて、

良いお爺ちゃんだから、

山に薪(たきぎ)を取りに行きんさったて。

そしてねぇ、婆ちゃんはその留守に何(なん)しよったかちゅうと、

味噌搗きおいなったて。

「味噌の無(の)うなった」て、味噌搗きおんさった。

ところが、味噌を沢山搗いとかんばなあ、

と思うて、搗きおったぎぃ、入れ物(もん)のなかごとなった。

「あら、入れ物(もん)のなか、

何(なん)か探して来(く)う」ち言(ゅ)うて、

いつもの納屋ば、こう見てみたぎぃ、

何(なん)じゃい、ドロッてんごと、

味噌んごたっとのなすくいちいとる

(汚イ物ナドヲスリツケテイル)おろいか(粗末ナ)袋のあったて。

ありゃ。こけぇ、良か塩梅(あんばい)の袋ば、

爺ちゃんの持っとらしたあ。

こいに入れれば、味噌の残りゃあ詰みゅう。

と思うて、味噌を婆ちゃん詰めんしゃったて。

そうして、ほんの助かったあ。あの袋のあったけん良かったあ、

と思うて、味噌ば搗けてホッとした時、

沢山薪ば持って爺ちゃんの帰って来たて。

そして翌日は雨の降ったて。

どんこ日和の後(あと)はじき雨になった。

ああ、こんな時にはどうでんなかようー。

あの袋の中に入(い)って大阪見物でんしようかあ、

と思って、納屋に行ったて。ここん辺(たい)にかけとったけど、

そうして一生懸命ウロウロ、ウロウロしてるから、

婆ちゃんの、

「爺ちゃんなそけぇ何(なん)しよんな、

半日中も納屋に行たてコソコソして。

そこは昨日(きのう)味噌搗いたばかいじゃけん、

そこん辺(たい)見っごとなん」

本当にこうして捜して見んぎぃ、

河童から昨日貰うた、あれに似たあごたっ何(なん)か袋にいっぱい味噌の。

俺(おい)ごたったけどなあー、と思うて、

婆ちゃんには言いわえずおった。そいぎぃ、

「婆ちゃん。あっこの、あの、

こうした入り口ん所(とこ)にペラッて、

私(わし)ゃあ、お礼に貰(もろ)うた

(河童からとは言わんでね)袋ばかけとったが、

あいは知らんか」て、聞いた。

「ありゃあ、爺ちゃんが良か袋を持っとらしたけん、

味噌ばいっぱい詰めたさい」

「ありゃ、そいけん見たごと袋のそけぇあっとの、

味噌詰まとっと。あいじゃったか。あいは冗談(じょうたん)じゃなか。

私(わし)の宝物(たからもん)の袋で、

あいは良か袋やったところれぇ」て。

「あんなら洗うて返します」て、桶にパーッて移してね、

「川で洗うてきます」ち言(ゅ)うて、

もう婆ちゃんはシャキシャキシャキでもう、

川でガシャガシャガシャで洗(ある)うて、

「はい、こいで良かでしょう」て、返(かや)あて。

「こいで良か、きれいにになったか」て。

「きれいに洗(ある)うてきた」。

「そいぎぃ」ち言(ゅ)うて、

納戸に入(ひゃ)ーって、戸口を閉めながら大阪見物どんして、

袋ん所(とけ)ぇ行ってしゃがんで、

「大阪出て来い。大阪見物、大阪見物、道頓堀」て言うてもね、

今度(こんだ)あ何(なん)も出て来(こ)ん。そいぎぃ、

「ああー、相撲ば言うぎぃ、

相撲ない出て来るかわからん」て。

「江戸相撲見たいよう。江戸相撲、

江戸相撲出てくれ」て、言うて。そいぎぃ、

「俺(おり)ゃあ洗(ある)うたけん」て言うて、

もうそん時なっぎぃ、カッてなって、

爺ちゃん、歯痒(はがゆ)うしてたまらん。

「婆ちゃん。お前(まえ)はこの袋ば余(あんま)い洗(あり)ゃあー過ぎた。

効き目が失(うしの)うてしもうたよ。

効き目はなくなった」て言うて、爺ちゃんはもう、

今―までこんなに腹かいたことはなかったけど、

すごい剣幕で婆ちゃんに叱りつけたて。

効き目を失った袋の話、これでチャンチャン。

〔三五  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P305)

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