嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある村にさ、お爺さんとお婆さんと、

恐ろしゅう仲良う暮らしおんさったてぇ。

そこも貧乏じゃったいどん、もう不平いっちょも知らんで、

ほんに仲良の良かお爺さんとお婆さんじゃったて。

お爺さんな山に薪(たきぎ)取いに行くし、

お婆さんな夕飯の支度をしおんしゃったちゅうもんねぇ。

あったぎぃ、台所の戸口がねぇ、その夕方、

ヒョロッと開いてねぇ。そうしてねぇ、

「もーし、もーし」て、言う者(もん)があって。

そいぎぃ、お婆さんなその台所の仕事をやめて裏ん戸口から、

ヒョロッと見んしゃったら、

きれーいか女(おなご)のそけぇ立っとっちゅうもんねぇ。

一遍も見たこともなかごと、ほんーに美人じゃったてぇ。

そして、その女の人の言うことにゃ、

「誠に申しわけございませんが、

大きなお鍋をお貸しください」て。

「娘の婚礼がありますので、

沢山お客さんを招いておりますから」て、こう言んしゃったて。

そいぎぃ、余(あんま)い立派かとに押されて、

その婆さんなねぇ、

もうビックイした拍子に人の良かった婆さんじゃったけん、

「それは、それは。おめでたいことでございます」ち言(ゅ)うて、

挨拶(あいさつ)してからねぇ、

あの、納屋の隅からいちばん太か鍋ば持って来て、

「こいでいいでしょうかあ」ち言(ゅ)うて、やったぎぃ、

「はい、はい。では、お借りして行きます」ち言(ゅ)うて、

またこの、丁寧に言んしゃっちゅう。そうして、

「このお礼は忘れじぃ、きっといたしますから」て、

つけ加えんしゃったて。

そうして、何処(どこ)さんじゃい行きんしゃったてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、鍋どん貸(き)ゃあたこと忘れて、

毎日毎日、お爺さんは山に薪取いに、

我がは家(うち)おって畑の仕事どんしたいして、

また婆ちゃんな夕飯の支度をしおんしやったてじゃんもんねぇ。

そいどん、そん時のお爺ちゃんの帰りは、

ほんに遅(おす)かねぇ、と思うとったぎねぇ。

また、裏ん戸口に、

「もーし、もーし」ち言(ゅ)うて、

鈴を振るったごときれいか声のしたけん、

ありゃあっ、と思うて、出てみたぎぃ、

またこの前の美しか女の人が立っとんしゃったて。

「大切なお鍋を本当に有難うございましたあ。

お鍋をお返しに参りました」て、

こう言んしゃったて。そうしてねぇ、

「お鍋のお礼に三つのお願いごとを適(かな)えてあげますから、

どんなお願いごとでもいいですから、

望みを言ってくださいねぇ」て言(ゅ)うて。

「はーい。有難うございます」ち言(ゅ)うて、もう、

丁寧にお婆さんは頭を下げて、フッと顔を上げたぎぃ、

その女の人は不思議に、もうそこん辺(たい)に見えんじゃったて。

お婆さんな嬉しゅうしてねぇ、

「三つの願いてねぇ。そいぎぃ、ぎゃん貧乏せじ良かあ。

ほんにビックイすっごと幸せになろう」て、

もう土間に腰ば下(おろ)して、

「ああ、有難いこっじゃったあ」ち言(ゅ)うて、

浮き浮きして、お山からお爺さんの

帰って来んさっとを待っとんしゃったてぇ。あいどん、

「お爺さんはきっと一日働いて草臥れて来(く)っじゃろうなあ、

美味(おい)しかおはぎ(牡丹(ぼた)餅)が欲しかにゃあ。

おはぎば食べさせたかにゃあ」て、

ブツブツ呟(つぶや)きんしゃったて。

そいぎねぇ、じき目の前にさ、

お皿にいっぱい盛ったおはぎの出てきたちゅうもん。

「あらっ、お皿に山と積んだおはぎの、

もう出てきた。ああ、良かった。嬉しい、嬉しい」て、

言っているところ、お爺さんが、

「今、戻ったぞう」ち言(ゅ)うて、

帰って来んしゃったてぇ。そいぎぃ、お婆さんのイソイソとして、

「お爺さん、見てみんさい。

美味しそうなおはぎですよう」て言って、見せんしゃったて。そいぎぃ、

「そりゃまた、どうしたかあ」て、

お爺さんが聞きんしゃったぎぃ、

「これこれ、こういうことでねぇ、

鍋ば貸(き)ゃあたぎんとにゃ、きれいか女の人の、

『三つ願いごとば言うぎぃ、そいば聞きとどくっ。

良かよう、三つ願いば言んさい』て言うて、お礼に、

鍋のお礼にすって言うてもう、おんしゃらん。無(の)うなんしゃった。

消(きゆ)っごと無うなんしゃった」ち言(ゅ)うて、

ありのままお婆さんが語ったてぇ。

そいぎねぇ、お爺さんが腕組みして考えとって、

「お前(まい)も間抜けだよ。

こんなおはぎは食べてしまうぎ何(なん)も後に残らんじゃないかあ。

もっと太か願いごとばせじゃあ。お前は本当に間抜けだなあ。

そんおはぎどまお婆さんの頬(ほ)っぺたにくっ(接頭語的な用法)つけ」て、

お爺さんはちい(接頭語的な用法)言んしゃったて。

そいぎねぇ、そんおはぎのさ、

両方のお婆さんの頬っぺたにベターンて、

くっついてしもうたちゅう。

「あら、あら」て、言う間(ま)もなかったて。

こんなのがくっついて仕(し)様(よん)なか、

と思うて、取ろうでするけども、

ピーッタイくっついて、一向取れんてじゃんもんねぇ。

「困ったなあ。困ったなあ」ち言(ゅ)うて、

慌(あわ)てたいもう、

お婆さんなソロソロ泣き出してきたてぇ。お爺さんな、

「ごめん、ごめん。ほんに困ったこていちなったあ。

大百姓になったい、

大金持ちになったいしゅうど思うとったぎぃ」て、言んしゃったぎぃ、

「お爺さん、お爺さん。あんたが大百姓になっても、

大金持ちになっても、

お婆さんのほっぺたには二つも真っ黒かおはぎのくっついとったっちゃ、

醜うしてたまらん。どうしよう、どうしよう」て、

お婆さんはもう、頬っぺたに手をやいながらもう、

おはぎは取るっぎ良か。取るっぎ良か」ち言(ゅ)うて、

泣くごと言いよったて。そいぎねぇ、

「おはぎが取るっぎ良か、取るっぎ良か」ち、

言いよったぎねぇ、たちまちのうちさ、

おはぎがプーッと、消えたごと無(の)うなったて。

そいぎぃ、お爺さんとお婆さんは、

「良かったねぇ。良かったねぇ。

元通いになったあ」ち言(ゅ)うて、喜びよんしゃったてぇ。

「あいどん、よくよく考ゆっぎさ、

もう三つの願りゃ頼んでしもうたばい」ち言(ゅ)うて。

そいから先ゃさ、

「もう、金の袋の出てくれ」て、言うたてちゃ、

「お米の出てくれ」て、言うたてちゃ、

何(なーん)も出てくれんじゃったて。

「あいどん、頬っぺたのまあ、

元んごーとなって、おはぎは取れたもん。良かったたい」て言うて、

欲のなかお爺さんとお婆さんじゃったけん、

「もう、こいでいいよ」て言うて、

仲良く暮らしんさったあ、ていう話です。

そいばあっきゃ。

〔三二  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P301)

標準語版 TOPへ