嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしねぇ。

とても貧乏な小さい村に、

とても正直でさ、情け深い男が住んどったてぇ。

男は山に薪(たきぎ)を取りに行っては売って、

そいで暮らしおったちゅうもんねぇ。

そうして、北山から寒い風が吹いて来て、

粉雪が真っ白い日じゃったいどん、

「山に薪しゃあが(薪ダケ)が取いおっぎぃ、

寒さは吹き飛ぶもん」て言うて、

「風が吹いても寒さ知らず」ち言(ゅ)うて、

その男は山さん行きよったちゅう。皆が、

「寒い、寒い」ち言(ゅ)うて、

火鉢や囲炉裏に暖まっとった時でも、

今日も山さん出かけたちゅうもんねぇ。

そうして、担(にの)うて帰るのにいっぱい取ったけん、

早(はよ)う取れた、て思うて、

そいで、いい気分になって口笛どん吹いて

帰りがけ一時(いーっとき)ここで一休みしょうと、

石に腰掛けとったらフーッと、

風の吹いて来(く)っどん、

くーう(極メテ)良か匂いのすってやんもんねぇ。

あら、良か匂いにゃあ。

ぎゃん(コンナ)良か匂い初めてだあ、

と思うて、まあーだ家(うち)さい帰んには、

早(はや)かごとあ、今日は早う仕事のすんだけん、

この匂いのすっ所(とこ)さい行たてみゅうかあ、

て思う気になったぎぃ、

ズーッと西の方から匂いのすんもんじゃいけん、

西の方さんズーッと歩いて行たて。

そいぎぃ、ちょっとやそっと歩いて来ても、

まあーだ先ん方のごたっ。

しこたーま(大層ニ)歩いたいどん、

いっちょんその匂いに行き着かん。

あいどん、その匂いが余(あんま)い良(ゆ)うして、

我が心ば吸い込むごとあってじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、ズーッと行きおったぎぃ、

道が細(ほーす)なった一本の赤松の

太ーかとの生えとった下ん方に、

真っ白か髭(ひげ)の生えたお爺さんが立っとんさったて。

そして、男が来たぎお爺さんな、

「いい匂いだろう」て、ニコニコ笑って、

言んさったて。男は正直な者(もん)だから、

「とてもいい匂いに誘われて来ました。

ほんに良か匂いです」て、正直に言うたて。

お爺さんなニコニコして、

「お前は、根っから(心ノ底カラ)の正直者(もん)のようだ。

本当にその匂いは花の匂いじゃよ」て、

教えんさったて。男は、

「そうでしょう。こんな匂いのいいのを持った花は、

どんな花でしょう。百合の花でしょうかあ。

芍薬(しゃくやく)の花でしょうかあ」て、言うたぎぃ。

そいぎお爺さんな、

「その花ば見たかろう」て、言んしゃったて。

「はい。見たかです」て、

その正直者は、まともに言うたもんじゃっけん、

「私(わし)について来んさい」て言うて、

お爺さんはドンドン谷の方さん今度は降りて行きんさったて。

そうして、お爺さんの後について行ったぎぃ、

薄(うす)ー暗い茅葺(かやぶき)の

一軒家が谷にあったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、家ん前で、

「この良か匂いを持った花は、

この家の裏庭に咲いているよ。

私(わし)が取って来るから、ここで待っていなさい」て、

お爺さんが言うたけん、待っとったぎぃ、

お爺さんは中の方へ入(はい)って行ったて。

そうして、なかなか出て来(こ)んもんじゃっけん、

待ち草臥れてモジモジしおったぎぃ、

お爺さんが出て来て、

恐ろしかきれいか八重咲きの花をたった一本持っています。

側に来たら、もうウットリすっごたっ香りでした。

「いい香りですねぇ」て、男が言うたら、

「うん」て、お爺さんは頷(うなず)いてさ、

「この花の香りはねぇ、

万病を治す力を持っていますよ。

お前(まい)さんのその正直な心のお礼にこの花を授ける。

でも、この花は千人の人の病気を治すから、

千人の人を助けなさい」て言う、

お爺さんの声は凛々(りんりん)と響いたて。そいぎ男は、

「そうします。有難うございます。

必ず約束どおり、そういたします」て言って、

頭を上げた時、お爺さんのあの姿も、

あの小さな家も、姿も影も形もなかったちゅうもんねぇ。

そいぎその男は、匂いのいい花を手に持って、

背中には薪を背負って、ズーッともう、

明かりのつき始めた村さん帰って来(き)おったて。

ちょうどそん時分にねぇ、

長者さんの家ではたった

一(ひと)人(い)の娘さんが、

もう半年も病気で熱が出て、

「もう今日か明日かという命じゃった」て、

「死んごと酷い病気になって、

もう口もきけん。

死ぬのを待つばかり」ち言(ゅ)うて、

親類縁者家(うち)の者も、

もちろん側に押し寄って、

その小(こま)ーか息づかいを見守っとったて。

そうして、夕方なって薄(うす)ー暗くなった時分に、

娘さんがヒョッと急に、

布団の上に起きあがって、

家の窓に行って、窓を開け、

「いい匂い。あの匂いで元気の出たあ」て、

言んしゃったて。

そいぎぃ、今までもう、

手も差し出しえんごとして、

鼻もピクピクさせて息もつきえんごとしとっとの、

急に元気が出たもんでもう、

その家(うち)の者なビックリ。そいぎぃ、

「その匂いは何処(どっ)からしよっか。

誰(だい)か早(はよ)う、行たて確かめろ」て言うて、

分限者さんじゃったけん、

沢山(よんにゅう)人も使(つこ)うとるし、

「さあ、さあ。早く、早く」て言うて、

西へ行く者な行く。東へ行く者な行く。

もう走って行ったて。

そいぎぃ、西の方に行った者が、

貧しい薪取いの男が、今、

山から薪を背負って帰って来(き)おっとの、

ウットイすっごと良かー匂いを持った

花ば手に持って来(き)おって。そいぎぃ、

「その花ば、早(はよ)う娘さんの

枕元に持って来てくれぇ」と、言うごとなった。

そいぎぃ、

もうその薪どま背負ったまま抱えらるっごとして、

その男は連れられて来て、

娘さんの枕元に花を見せたら、

その香りがいっぱい部屋中に香って娘さんな

青白い顔が見る見るうちに赤味が帯びてきたて。

そいぎぃ、親はもちろん

嬉し泣きに泣きんしゃったて。

「この娘の命をあなたは

助けてくださった恩人です。

どうぞ、お聟さんなってください。

このままいてください」て言うて、

頼んだけどこの男は、

「いや、この花を貰った人からねぇ、

千人の人の病人を治すように約束して来ましたから、

まあーだ九九九人の命を助けんばなりません」て言うて、

「引き留めてはくださるな」ち言(ゅ)うて、

出て行ったて。

そうして、町さい行たて、

腰の立たん者(もん)、目のメチャアメチャアした者、

もうコンコンコンコン咳の出て困った者、

いろんな人を、その花の香りで治してやんさったて。

そうしてもう、瞬(またた)く間(ま)に

九九九人位(ぐり)ゃあ治しんしゃったぎぃ、

その長者さんの家(うち)から、

お迎えが早速に来て、そこのお聟さんになったと。

ほんに、正直より良い宝はないて、

この男の真っ正直に神様が褒美として

香りの良い花ば授けんさったと、

いう話です。

そいばあっきゃ。

 〔一六  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P282)

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