嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしねぇ、あったてばーい。

村の長者さんの家(うち)にねぇ、

九年ぶり子供の生まれたちゅう。

もう、その家の者(もん)の喜び方、

喜び方、恐ろしかもう、

天から降ってわいたごと嬉しゅう喜びんしゃったて。

あの、生まれた子は女ん子やったちゅうもんねぇ。

そいで、人に抱かるっ時のねぇ、

「余(あんま)い酷う抱くぎゆうなかあ」て。

「余い汚れ手でも触(さわ)っごとなんばい」て、

言うごと大事に育てよんしゃったてぇ。

ところが、年頃になってもねぇ、

いっちょん我が家(え)からも外さんも出さじぃさ、

家(うち)ん者で撫(な)でたごとして、

そうして育てんさいたちゅうもんねぇ。

あったいどん、年頃になってもねぇ、

屋敷内ばあーかいで暮らしおったところがねぇ、

その娘さんのさ、

何時(いつ)んはじゃあ腹(おなか)の大きかちゅうもん。

それ気のついた金持ったんなさ、

ビックイしてたまげて。

「そいぎぃ、男は何処(どこ)んど奴やろうかあ」て言うて、

恐ろしか世話焼きんしゃったてぇ。

そいから先ゃねぇ、

その娘さんを代わい代わり寝ずの番すっごとなったてぇ。

あったぎぃ、娘がさ、

いっちょん外(そて)出んやったぎぃ、

五日目の晩にね、土間に下りて、

家からコッソラーと出て行くちゅうもん。

ありゃあ、と思うて、

家(うち)ん者の誰(だれ)逢(や)あに

行きよろうかにゃあて思うてジイッと、

後ばつけて行たてみんしゃったて。

あったぎねぇ、長者さん方の裏山の中ん辺(にき)、

恐ろしか立派か楠の木のあったちゅうもん。

それねぇ、もうこうなつかしかろうごと抱きついてばい、

何(なん)てじゃいボソボソ、ボソボソ、

何てじゃい甘か声で言いおっちゅう、

娘さんが。何の話じゃいわからんどん、

気持ちん良か楽しかろうごとしとったちゅう。

そういうことのあってから

一時(いっとき)たった闇(やみ)の夜に、

一(ひと)人(い)の青年がその長者さんの娘を、

「ごめんください」て、

尋ねて来たちゅうばい。

そして娘にねぇ、会うて、

「私(わし)はのう」て。

「明日(あした)は死ぬはめになったあ。

そいで別れに来たあ。

生まれてくる子供は立派(じっぱ)に

お前(まい)育てておくれ」て。

「これは、私(わし)の形見だ」と、言ってね。

そぎゃん聞いて、

ビックイして娘は泣きおったぎね、

我が方袖バリーち、引き離(はな)ゃて、片袖ば娘に、

「これを自分と思ってみてくれ。

これは形見だ」て言って、渡(わち)ゃあたちゅう。

そうして帰って行ったちゅう。

そいぎぃ、その娘は、

その片袖ば箪笥(たんす)の中に大事に大事になやあて、

時々引き出(じ)ゃあて

見てはなつかしそうにそいを眺めよったちゅう。

そいぎぃ、親達がねぇ、

娘のおらん時、あすこば開けちゃあ、

「何(なん)じゃい見おっばい」ち言(ゅ)うて、

その留守ん時にジーッと

その箪笥ば開けてみたぎばーい、

そっから何か良か香りのすっちゅうもん。

あいどん見てみたぎぃ、

ただの楠の木の枝やったちゅう、ねぇ。

そいばってんねぇ、娘が見てみっぎぃ、

男物(もん)の立派か片袖てじゃんもん、ねぇ。

人の見っぎんとにゃ、楠の木の枝てぇ。

あいどんねぇ、良かー香いのして、

その枝ば入れとっぎねぇ、

着(き)物(もん)に虫のつかんごとなったてばい。

そいから先ゃ誰(だい)でん、

楠の木の葉やら枝やら包んで

箪笥ん中(なき)ゃ入れおったちゅう。

こいが樟脳の始まいで、

樟脳の起源じゃったちゅう。

チャンチャン。

 〔一一  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P274)

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