嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

貧しい漁村にお爺さんとお婆さんが、

小さいお家(うち)に貧しく暮らしおんしったてぇ。

お爺さんは魚(さかな)捕いさんじゃったて。

浜辺に出ては釣り糸を垂らしたり、

投網ばしたりして、

魚を捕いよんしゃったてぇ。

ところが、

ある日は朝早くから来たのに

一匹も魚が釣れんてじゃんもんねぇ。

網を投げても一匹もかからんてじゃもんねぇ。

ああ、今日はついとらん。

今日は帰ろう、と思うて、

まあ一遍網を投げてみようと思うて、

「えーい」て、広げて投げ網をしんさったら、

底の方に金ぴかな赤い魚が、

小(こま)かとの入(はい)ったて。

「ありゃあ、金魚の入ったとったあ。

金魚は食べたことのなかばってん」て、

呟(つぶや)いて、手のひらに乗せて、

しげしげと見よったら、

その金魚がもの言うたちゅう。

「お爺さん、私の命ばお助けください。

今、この海の底で母が大病にかかっています。

私(あたし)がいないと母の命は亡くなります。

どうーか命ばかりは助けてください。

そのかわり、お爺さんの願いは必ず聞きますから、

これから私に願いごとがある時には、

この浜辺に来て

『シャンシャンシャン』と、

手を三つ叩いてくだされば、

私が浮かんであなた様の願いごとを聞きますから、

どうぞ、命ばかりはお助けください」て、

こう言ったもんだから、

かねて心の優しくて正直なお爺さんだったから、

「よし、よし。お前(まい)の命は、

とるもんじゃない。

お前は、さあ、早くお母さんの所(とこ)へ

帰りなさい」ち言(ゅ)うて、

海に離してやんしゃったて。

でも、心の中では、

ああ、もう、今日お魚の一匹も捕れんじゃったけん、

今夜(こんにゃ)のおかずもない。

今夜のお米も買われん、

て思うて、

その浜辺をテクテク、テクテク力(ちから)なく

歩いて帰んしゃったて。

そいぎぃ、お家(うち)の見ゆった所(とこ)まで、

来(き)んしゃったぎぃ、

お婆さんが走って迎いぎゃ来(き)よっ。

何事(なにごと)があったろうかあ。

「そぎゃん急で、何(なん)やあ」ち、

言んさったら、お婆さんの言んさったことにゃ、

「お爺さん。今日は買いもんせんのに、

米櫃(びつ)にお米がいっぱい入(はい)っていますよ。

不思議じゃたけん、早(はよ)う教ゆうで思うて、

迎いに来ていましたあ」て、言んさった。

お爺んは胸をトーンと打って、

ああ、金魚のお礼だ、と思いんさったて。

「うん。そうかあ」て言うて、

帰って、お家で、

「実は、こうこう、こう言うことじゃったあ。

朝からいっちょん釣れんじゃたけん、

最後に金魚が釣れたけん、

『お母さんが大病だから、

命ば助けてくいろ』ち言(ゅ)うたけん、

海に放してやった。

そいぎぃ、そいがお礼じゃろう」て言うて。

「お爺さん。ああ、

そうでしょう。そうでしょう」と、

お婆さんも言うて白いおまんまを炊いて。

そうして、お爺さんとお婆さんは暮らしたて。

そいぎぃ、もう雨の酷(ひど)う降っごとなっぎぃ

、家も小さか上に、もう、雨漏いしてちょっともう、

困っとった。

そいで、雨のやんでからお爺さんは、

浜辺に行って、シャンシャンシャンて、

手を叩きんさったぎぃ、

金魚が浮かんできたちゅう。

「金魚よ。金魚よ。

こないだお米を沢山有難う。

本当に長生きした思いをした。

有難う」て、言ってから、

「実は、本当にまた、お願いだけど、

雨漏りが酷くてチョッと困っているから、

お願いしたいが」て、言ったら、

「はい。承知しました」ち言(ゅ)うて、

海の底に沈んで行ったて。

そいから先はねぇ、

もう雨漏いもせんごともう、

大工さんも雇わんのに、

チャーアンと、

家は余(あんま)いきれいかごとなったそうです。

そうして、裕福に金持ちになって、

お爺さんとお婆さんは仲良く暮らしたそうです。

そいばあっきゃです。

〔本格新三九 物いう魚(cf.AT三〇三)(類話)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P257)

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