嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

長崎の薬問屋さんの所が、

薬(くすい)の原料が無(の)うなったけん、

足の速うして頓智のきく力のある、

もう一(いち)の番頭にお使いばしてもらわんばいかんと思うて、

百両の大金を懐(ふところ)に入れてねぇ、

その一の番頭さんが長崎を出発したてぇ。

そうして、今のごと、もう車はなし、

馬どまあったいどん、

あの、山越え野越え、

関所のごたっとも通ったいして、

そうして薬ば仕入れに、

その薬問屋さんの一の番頭さんが出かけて行きんしゃったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、ある道端にお地蔵堂があって、

そこの所で、あら、大抵(たいちゃ)道ば急いで来たけん、

きつかったあ、と思うて、

あの、一時(いっとき)休みんさいたて。

ところが、お地蔵堂の後ろん方に、

貞九郎ていうて盗賊の何時(いつ)ーでん、

人をいち殺(これ)ぇたいして、追いはぎやら、

お財布やら狙うとがおったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、こりゃあ金ば持っとっぜぇ、

ていう目ぼしばつけて、

そうして、もうその、疲れが出て、

ウトウトしおっ一の番頭さんの背中から、

バサッと、短刀ば突きつけた。そいぎぃ、

「うーん」ち言(ゅ)うて、急所ばやられて、

その番頭さんは、かねて力もあったけど、

不意を討たれたもんだから、そこでとうとう、

ちぃ死にんしゃったて。

そいぎぃ、懐に手入てみっぎぃ、

百両もの金があったちゅうもん。

「ああ、良かったあ。

俺(おい)が目には狂いはなかったあ。

良かったあ」て言うて、貞九郎はなやあとっ。

ほくそ笑(え)んでお地蔵さんを振い向いて、

「お地蔵さん、

誰(だーい)もここで人殺して銭ば、

おっ盗(と)ったことを言んさんなのう」て、

言うたぎぃ、お地蔵さんの、

「うんが(オ前ガ)言うなあ」て、

言んしゃったてぇ。

お地蔵さんのもの言んしゃったちゅう。

そうして、貞九強は大金ば手にしたけん、

「しばらくはもう、

大臣気取いで暮らゃあていかるっ」ち言(ゅ)うて、

都さい行ったちゅう。

長崎の薬問屋さんじゃ、

もう百日経っても一の番頭さんが帰って来(こ)らっさん。

人の噂に聞くに、

「あの地蔵堂でいち殺されとんさった」て。

「ああ、ほんにねぇ、あぎゃん腕の立つ、

あぎゃん足も速うして、

あぎゃん機転のきく者(もん)でん、

やっぱい物盗いに会うちゃかなわん」て言うて、

おんさったて。

そいぎぃ、そい一の番頭さんには、

小(こま)ーか息子のおったけど、

だんだん成長して、

お父さんの勤めとったその薬問屋さんに

丁稚として暮らすごとなったて。そうして、

「あの、薬(くすい)を仕入れじゃないけど、

お父さんの通った道を一遍歩いてみとうございます。

もし敵に出会うたら、

敵を私に討たせてください」ち言(ゅ)うて、

そこの主人さんに申し入れたて。そいぎぃ、

「さもあろう。

お前も無念が晴れんじゃろう。

そいぎぃ、行くがいい」て言うて、

幾らかの餞別を貰(もろ)うて、

お父さんの敵討ちばしたいと出かけんしゃったて。

そいぎぃ、ちょうどもう、

山越えて野越えて、

お父さんが息の絶えた

その地蔵堂までやって来たぎぃ、

そこにもう、先客があって、

もう随分初老といわるっごたっ身なりの

汚い侍ともつかん男がそこに、

煙草を吹かしおったて。

そいぎぃ、並んで腰掛けて休んどったぎぃ、

自慢話ば始めたてばい。

「おい、若僧(わかぞう)。

俺(おり)ゃあねぇ、ここで百両も儲けたよう。

番頭風情の者がさい、懐に百両も抱(いじ)ゃあて、

こけぇ休うどったところば、ぶっすいやったったい。

ひとたまいもなかったやよう」て言うて、

その男が語ったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、その若僧は、

スクッと立って刀の柄(つか)に手をかけて、

「これこそ父の敵。

自分はその番頭の息子なるぞ」て言うて、

斬りかかったもんだから、

今度はもうひとたまりもなく、

その物盗り強盗じゃった貞九郎は、

もと人の命を狙うた時

もの言われたお地緒蔵さんの前で、

敵を取られたということです。

そいぎぃ、お地蔵さん、

「うんが言うな」て、言んしゃったけど、

ちょうど自分が、

お地蔵さんの所でものば言うたために、

氏素姓がばれたわけです。

そういうことでも、

無事に敵討ちを果たして、

その青年は長崎さい帰って行ったそうです。

チャンチャン。

〔本格新三三 こんな晩(AT九六〇)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P256)

標準語版 TOPへ