嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

白石(佐賀県嬉野市白石町)に、

孫兵衛さんていう恐ーろしか

大きか子供の生まれたちゅうもんねぇ。

恐ーろしか力もあって、

ドンドンドン成長しんさったけんねぇ。

「お前(まり)ゃ、ぎゃん太かぎぃ、

今後(いんま)は相撲取いしゃんにならんばらんたーい」て、

誰(だい)でん言んしゃったちゅう。

そいぎ自然と、その孫兵衛さんもねぇ、

「私も、そいぎ相撲取いさんになってみゅうかあ」て言うて、

小(こま)ーか時に、あの、

氏神さんの草相撲どんがあっ時、

相撲ばすっぎぃ、何時(いつ)ーでん優勝すっとは、

「有明孫兵衛ー、優勝ー」て。

何時ーでん優勝やったてぇ。

もう、あの人に勝つ者はなかーていうごとして、

ドンドンドン大きくなっていく。

そいぎぃ、いよいよ周りゃあ、

「お前(まり)ゃあ、

相撲取いさんがいちばん似合うとっー」て言うて。

自分もそがんかねぇ、て思いよったてぇ。

そいぎぃ、

いよいよ相撲取いの試験のあっちゅうことになって、

「試験にどうぞ合格しますように」ち言(ゅ)うて、

氏神さんに参りに行ったちゅう。

そして、三・七・二十一日の願を掛けて、

「どうぞ、相撲取いさんになれますように」ち言(ゅ)うて、

氏神さんに夜の夜中にお参り行って、

そのヒョッとそこを出たら、

女の人が赤ちゃん抱(だ)っこしたとの出て来て、

「もし。この赤ん坊をチョッと、

私が、そこのお宮さんに

お参りして来ますので預ってください。

この子を連れては本当に

お参りができませんので」て言うて、

子供を預け自分は楽々と一(ひと)人(い)お宮さんの方へ、

拝殿の方に行った。

ところが、孫兵衛さんに、

その女が預けさまに言ったのが、

「どうぞ、地(じ)べたには下(おろ)さんでください」て、

こう頼んで行ったて。

孫兵衛さんはそれが耳にゆう残って。

ところが、

しばらくしたらガヤガヤガヤ、アア、アーン、アーンて、

もう足をばたつかして、

その抱えている赤ちゃんが泣き出して、

「よし、よし。よし、よし」て揺(ゆ)すれば揺するほど、

それがだんだん重くなるて。

「よし、よし、よし。泣くな、泣くな」ち言(ゅ)うて、

孫兵衛さんは守りしよったら、

いっちょんその、

預けたままの女の人の帰って来なかったて。

しかし、

地べたに下してならないということが

耳に残っているもんだから、

「よし、よし、よし」て、

揺すれば揺するほど、そ

れが大きくなる。

重たくなる。ああ、もう冬であったけど、

汗いっぱいかいて、揺すって。

揺するほど重たくなって、

もうしまいにはかしゃげて(担ゲテ)、

押し上げたりして、

「よし、よし。よし、よし」て、

言っているうちに、辺(あた)りはスラーッと、

明くなったのに、まだ女の人帰って来(こ)ん。

そして明くなったので、

差し上げているのを見たら、

大きな石の地蔵さんだったと。

ところが、それから孫兵衛さんは、

それから、その石の地蔵さんから力を貰うたように、

恐ーろしゅう力持ちになんさったてぇ。

そうして、とうとう見事に相撲取りの免許を貰い、

合格して、横綱にまでなんしゃったてぇ。

有明孫兵衛さんは麻尾岳という醜(しこ)名(な)を貰ったと。

〔本格新二〇 産女の礼物(AT七六八)類話〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P253)

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