嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

大蛇が娘ば食べや来おったてぇ。

どぎゃんこってん娘ばお供えしおったてぇ。

ところが、その村は小(こう)まーか村じゃったけん、

もう娘のおらんやったちゅうもんねぇ。

誰(だーい)もお供えすん娘のおらんやった。

あったぎねぇ、

村ん者(もん)が、もう今年も、あの、水神さん祭いにゃ、娘ば

差し出さんばなんどん、娘もおらん。

何処(どっ)からじゃい娘ば、あの、お供えすっとば買(こ)うて来(こ)んば

ちゅうごとに、皆で、お金ば集めて

一人の男にね、お金ば持たせて娘さんば買いぎゃ出(じ)ゃあたて。

そいぎぃ、ズーッと、その男の人はお金を懐に大事に

村のお金ば預かったとやっけん、と思うて、おっ盗(と)られんごとと思うて、

山賊にも会わんごとと思うて、ズーッと行きんさいどん、

何処(どーこ)に行たても、

そぎゃん大蛇にいち食わるっごと娘ば売ん者は、一(ひと)人(い)もなかったて。

今年は娘は、お供えする娘は買(か)うことでけんにゃーあ。こら、困ったねぇ、

と思うて、ズーッとトボトボとある山の麓に来んさったぎねぇ、

おろーいか掘建て小屋んごたっ所に、あの、

ボロボロの着物ば着た若(わっ)か男が出て来た。

ところが、

こうして見たぎねぇ、ほんにあの、田舎者(もん)じゃなかごたごたっ。

昔、侍じゃったばいなあ、て思うごたっ格好やったて。

そいぎねぇ、

「あの、もし」ち言(ゅ)うて、その男に言うたぎねぇ、あの、

その男が振り向いて、

「今夜は、私はもう、この山は深か山んごたいどん、

この山は越ええんごたっ」て。

「今夜一晩こちらに、あの、泊まらせていただけんじゃろうかあ」て、

聞いたぎぃ、

「家(うち)ゃあ、寝る所もなかごと、こがん掘建て小屋で良かったら、

どうぞーう」て、その男が言うたもんじゃい、

そこにお世話なって。

そして、四方山の話しをしおったぎねぇ。

その男は見っかけとおり、ボロボロの着物を着とっても、元、侍やったて。

ところが、

「お殿さんに差し上げんばらん大金ばその、

泥棒に会(お)うておっ盗(と)られてしもうた。

そいぎぃ、

その泥棒ば捕まえぎゃ行くへどん、

その泥棒どま何処(どこ)さいひん逃げたか皆目(かいもく)わからん」て言うて、

言うたぎぃ、

その娘ば買いぎゃ来(き)とったとのねぇ、

「私も、実は懐にお金ば持っとっ」て。

「山賊にも会(あ)うとが、いちばん恐ろしゅうして、ようようここまで来たて。

野宿どませんごと、もう家(え)の中にどうしても泊まっごとして、

お陰、こちらに泊めていただいたから良かったあ」て。

「そいぎぃ、あなたはその金を持って何(なん)すっとですか」て、聞いたぎぃ、

「実は、私は娘ば買うこのお金」て、言うたら、

一時(いっとき)黙っとったが、その若い男がねぇ、

「そうかーあ。そいぎぃ、私の妹ば売ろうかあ」て、

そこをこう見たぎぃ、可愛らし女のおったて。

「私に妹ば売ろうかあ」て、こがん言うた。

そいぎぃ、おっ母(か)さんもそけぇおってねぇ、

「そいぎその娘ば買(こ)うて、どうしんさっですか」て、聞きんしゃったぎぃ、

「実はもう、三年目にきて、三年ごとに水神さんのお祭いのあっ」て。

「ところが、その水神さんな大蛇。

そいぎぃ、

大蛇に娘ば供ゆっとに、あの、部落にもう娘のおらんごとなって、

このお金ば、大金ば持って買(き)ゃぎゃあ行きよいどん、

誰(だーい)も売ってくるっ者はなか」て、言うて。

そいぎぃ、

「家(うち)の妹ば買うてくれんこう」て、その若い男が言うて。

そいぎぃ、

お母さんなビックイたまばってよう、

「冗談(じょうたん)のごと。

幾ら何(なん)でも我が子ば大蛇とやらに、やらんばらんない、

私はこの子は、幾らお金を積んでくださっても、売ろうごとなか」て。

「そいどん、お母さん、私ゃ殿さんにお金ば返さんばらん」て。

「そのお金は少しずつでん返さんばらん、どぎゃんすっですかあ」て言うて、

親子で言いよったあ。

あったぎねぇ、

その娘が、

「あの、私(わたし)、買ってください。

人さんのためになって、兄さんを助くっためないば、

私(あたし)はもう、私が体は、あの、大蛇に食べれれてもいいですから、

買ってください。お母さんな、そぎゃんっこと言うことなん」て。

「お前(まい)、気ばし狂うたかあ」て言うて、

お母さんの言んさっ。

「いや、私(わたし)は人のためになったい、

兄さんを助くっためなら、私はどうなってもいいです。

私を買ってください」て、もう三人その晩な、ヤアヤアヤアやったて。

そうしてねぇ、その、とうとうねぇ、その娘さんな買わるっごとなったて。

買ってくださいて、言うもんじゃ。おっ母(か)さんが幾ら泣いても、

その、とうとう売らるっ段にないさったて。

そいぎおっ母さんはねぇ、

「私はこの観音様の長(なが)ーいこと信心してきた」て。

「そいでこの観音様をあなたのお守りに、こいを上げるから、

決ーして肌身を離さず持って、このお観音さんにおすがりするんですよ」

て言うて、お守りの観音様をその娘さんにやったて。

そいぎその、男はどうかといういうぎぃ、

「大金貰(もろ)うて、こいならもう、あの、早(はよ)う殿さんに、

どうしても早(はよ)うお返しせんば」て言うて、駆け出して行ったて。

そして、殿さん所にお城に届いたらねぇ、

「こういう大金をにわかにどうしてお前(まい)はできたかあ。

作ったとかあ」て、じき聞きんさったて。

そいぎぃ、これ、私の妹を売りました。

実はもう水神さんの祭いのあっ時、大蛇に、あの、

娘を人身御供にやっていうて、お金を持って娘を買いに来た男があったから、

妹を売りました」て、言うたぎぃ、

「そりゃあまた、妹は可愛そうじゃったなあ」て。

「そいでも、お金が幾らかできて助かったあ」て言うて、

「そん代わり、城(うち)から弓矢の猛(たつ)者(もん)ば、あの、

三人ほど遣わす。

その大蛇とやらが出て来た時にね、物陰からこの弓矢の達人が、

弓で射たら何(なん)とか娘さんを助くっ方法をせろ」て言うて、

殿さんのやんさったて。

そいぎその、

弓の名人さんについて、その兄は帰って来たてぇ。

その娘さんな、お母さんの真心からの、

その守り本尊の観音様の袋ばっかい抱(うだ)いていて、

そうして、

その娘を帰って来たとと一緒に、その村に来(き)んさったてぇ。

そいぎねぇ、あの、ちょうど村祭いの、

水神さん祭いの当日に間に合(お)うたて。

そいぎぃ、

白木の輿(こし)に乗って、その娘さんな観音さんば一心拝んで肌見離さず、

その白木の上に乗せられて行って、神主さん達が祝詞を上げて、

いよいよ祭りが始まったて。

そいぎ、

お殿さんの遣わしんさった三人の弓の名人だけが、

もう大きか木の陰に弓に矢ばつがえて待っとったて。

あったぎぃ、

村の者(もん)なそのお祭いのお祓いどんがすんだぎぃ、

もう娘ばそこの大堤の土手の上降りて、もう怖(えす)か後ば見んで、

「もう家(うち)に早(ひよ)う帰ろう」ち言(ゅ)うて、

もう一目散に皆な帰ってしもうたて。

あったぎねぇ、

鏡のごたってその堤の真ん中ん辺(にき)きのザワザワザワってして、

波のコロコロコロって上がったと思うたぎぃ、

大ーきか大蛇の顔ば出(じ)ゃあて、口ば、真っ赤く大きく口ば開けて、

赤い舌をペロペロペロ出しおったて。

目ちゅうぎ爛々と光いよったて。

そいぎぃ、

物陰から隠れとった者(もん)のねぇ、今にも飛びかかろうとすっごとして、

こちらにやって来(こ)ようとしたに、

やあっと射たら一(ひと)人(い)は、その口に当たる、

一人の弓は左の目に、一人の弓はねぇ、あの、喉めかけて弓矢が当たったち、

弓の名人。

そいぎぃ、

その大堤は、真っ赤に血で染まってねぇ、その大蛇はどたち回って、

とうとう死んだて。

そいぎもう、

その娘一心に観音さんをもう、てなじゃあて手に、

一心に念じよんさったぎねぇ、

あったぎもう、

とうとうその大蛇が退治されたもんだから、

お陰でその大蛇にね、食べられじぃ、命拾いして帰って来ることができたて。

チャンチャン、おしまいて。

[本格新一A」 大蛇退治(AT三〇〇)類話]

(出典 蒲原タツエ媼の語 843話 P246)

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