嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

とても良いお医者さんがおんしゃったてぇ。

そいぎねぇ、あるもう雪の降る夜さい、

トントン、トントンて、戸ば叩【たち】ゃあて、

あの、迎いぎゃ来た者【もん】のおったちゅう。

「家内がお産をして、

チョッと困っとりますから、じき来てください」て。

そいぎぃ、表【おもて】にはきれいか馬の待っとっけん、

その馬に乗って行きんさったいどん、

ズウッと行きよっうちに、

ボーて、眠【ねふ】とうなっごとして行きおんさったぎぃ、

「ほら、着いたあ」ち言【ゅ】うたもんで、

目を覚ましたぎぃ、

門構えした家【うち】に通されたちゅう。

そうして、襖【ふすま】にも、

そうして、その家は不思議にもさ、

あちらこちらに狐の絵ばっかい

描いてあったちゅうもんねぇ。

そうしてもう、奥の部屋で、

「ウゥーン、ウゥーン」ち言【ゅ】うて、

お産人さんの苦しみおんしゃったて。そいぎぃ、

「どれどれ」て、言うてみて、

「もうじき楽になるよ」て言うて、

そのお医者さんは、じきにお産をすませて。

そして、あくる日は

チャーンと家【うち】に帰んさったて。

そして、帰る際【ぎわ】に、

「ほんにこれは、

お礼のほんしるしですが」て言うて、

あの、お金の包みを渡して、

紙包みを渡したちゅう。

それを家に帰って開けて見たら、

チャーンとほんな物【もん】のお金じゃったて、ね。そいで、

「後から考えてみると、

あの、谷を二つも越えた向こうには、

大きな、今まで見たこともなかごたっ

大きな家があったがあ」て、

そのお医者さん、

家【うち】ん者【もん】に話しんしゃいどん、

その奥さんの言んしゃことには、

「その二つ谷の向こうには、

そがん家はなかあ。

あなたは、野狐のお産手伝いに行たて騙されとばい。

まあ一遍お金ば、包みば見てみんさい」て言うて、

何遍見てもほんなお金で、

木の葉のお金じゃなかったて。

そいばあっきゃ。

〔二八六 狐のお産【cf.AT一五六B】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P245)

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