嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある村に、

恐ろーしか油物【もん】ば

好【し】いとっ娘のおったちゅう。

そいぎ家【うち】ん者【もん】な、

「お前【まーり】ゃ、

油料理ばっかいしか食べえんないば、

お寺の坊守【ぼうもい】いさんにないや行かんばいかんねぇ。

お寺に嫁入りせんばろう」て、

しょっちゅうがん言いよんさった。

あったぎぃ、

その家の裏ん方は竹籔【たけやぶ】やったてじゃあもんねぇ。

その竹籔には狸の住んどったて。

そいぎねぇ、その、狸のそいば聞いとった。

そしてねぇ、狐ん所さん狸が行たてさ、

「お前さん、お前さん、ちょうど良かばん。

あそこの娘は、油揚げしきゃ食べんちゅう坊守い。そいぎ

『お寺の坊守いさんには良か』て、言うけん、

お前さん、お寺さんになってお嫁さんにもらえ」て、

こう狸君が狐にそそのかしたて。

そいも良かなあ。そいぎぃ、

油揚げどま毎日でん食べらるっ、

て思うとんもんだけん、

本気になって、その、油揚げ好きな娘の家【うち】にねぇ、

「お嫁さんに欲しかあ」ち言【ゅ】うて、

行ったて。あったぎぃ、

一も二もなしに承知しんさったて。

そうしてねぇ、

「もう、良か塩梅【んびゃあ】お寺さんから貰われたけん、

良かった」ち言【ゆ】うて、

じき嫁入りの決まって嫁に行ったて。

あったぎね、そこのお寺ではね、

「まず、お前さんに言うとく」て。

「寺【うち】のしきたりちゅうて、

寺【いえ】の決まいはな、

他所【よそ】さん出た時ゃ必ず裸足【はだし】になって、

戸口で下駄の後ろば合わせて

カチャカチャカチャーって鳴らす。

鳴らさんば、寺【いえ】さんな、

寺【いえ】ん中【なき】ゃ入【ひゃ】あって

来【く】っことなん。

こりゃあ、

決まりじゃけんこいば守ってもらわんばあ」て言うて、

そこで親父さんから言い渡されたて。

そいぎ娘は何時【いつ】ーでん、

買い物に出たい、

用事に行たいして帰って来【く】っ時ゃ、

下駄を脱いで戸口でカチャカチャカチャーって、

鳴りゃあてから入いよった。

ところが、ある日ねぇ、

忘れ物【もん】したてぇ、

出かけよったぎぃ。ありゃあー、

忘れ物じゃったあ、て思うて、

急ーいで上がりこんでガラーッて、

襖ば開けてみたぎぃ、そけぇは、

もう、狐どんなあ、

太かってん小【こま】かってん、

ゴロゴロして寝とったて。

そいーぎぃ、ビックイして、ありゃあ、

私ゃ狐の家【うち】、嫁に来とったあ、

と思うて、娘さんは驚きましたような、

歯痒【はがゆ】うもなって。

じき自分の家【いち】帰って、

「あがん狐の家に、我がば嫁にやって。

幾ら油揚げどま好きちゅうても、

あげんとけやって」ち言【ゅ】うて、

もう娘は泣いたちゅう。そいぎぃ、

「そがんやったか。そりゃあ、申しわけんなかったにゃあ」て、親達は言うて、

「よーし。そいぎぃ、

そいないば敵討【かたきう】ちばいっちょせんばあ。

お前【まい】があすけ行かんちゃ良かごと、

安心せい」ち言【ゆ】うて、

「今度【こんだ】あねぇ、

『家【うち】爺ちゃんの供養じゃっけん、

皆さんで来てください』て、言うてこい。

そいしこ、お前【まい】言うぎ良かあ」ち言【ゆ】うて、

使いに娘さんばやんしゃった。

そいぎねぇ、その狐の家【うち】んもんどんなあ、

「あの、供養じゃいぎぃ、

油揚げどま沢山【どっさい】あろうだい」て喜んで、

親も子も揃うて四、五人もやって来たて。

そいぎぃ、娘ん家【うち】ゃ良か

塩梅【んびゃあ】やったあ、と思うて。そいぎぃ、

「あら、ゆう来てくんさったあ」て、言うてから、

「実は、家【うち】のしきたりは、

お客さんの来んさっぎぃ、どぎゃんこってんまず、

お風呂に入って垢【あか】どん流すことがしきたりじゃっけん」

「ああー、私【あたい】どまお風呂が大嫌いじゃいどん。

お風呂よか」ち言【ゅ】うて、断わんさったぎぃ、

「いんにゃ。家のこいはしきたりじゃっけん。

まず、入ってくんさい」ち言【ゆ】うて、

入らんて言うもんばねぇ、

うーん、お風呂に入れんさいたちゅう。

そいぎねぇ、娘の家【うち】では、

そのお風呂に、

「誰【だい】でんひとちぃ【一緒ニ】入ってくんさい。

家【うち】のお風呂は太かけん」て、

皆、入いっときに入れて上から、

「こいもしきたりじゃけん」ち言【ゆ】うて、

風呂には蓋【ふた】ばしんしゃった。

そうして、その上を石の太―かとばのせてねぇ、

下からドンドンやって、火ば焚【ち】ゃーてね。

皆殺【これ】ぇてしまいんさった。そうして、

「やった、敵討ちゃができたぞう」て言うて、

「もう、お前【まり】ゃあ、

あそこには嫁に行かじ良かあ」て、

娘さんに言い渡しんしゃった。

チャンチャン。

〔二八五 狐の嫁取【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P243)

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