嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

やじゃ谷【佐賀県杵島郡白石町の歌垣山付近】にさ、

もう狐のおったとけぇ、

小僧さんがやって来てさ、ねぇ。

そうしてねぇ、小僧さんがねぇ、

「やあ、やあ、狐さん。

お前【まえ】さんの方は、

化かすとのほんにうまかもんだってねぇ」ち言【ゅ】うて、

話かけんしゃったちゅう。そいぎねぇ、

「お前はさ、

まあーだ私らの七変化の玉ば知らんじゃったとかーい」て、

狐の言うたちゅうもん。

そいぎぃ、小僧さんのすかさず、

「そいないば、

今化けて見せんてやあ」ち言【ゅ】うて、

言うたもんじゃっけん、

「そんなら一つ」ち言【ゅ】うて、

「コン」ち、いっちょ鳴【に】ゃあてから、

お姫さんにじき化けたちゅう。

小僧さんなねぇ、

「あらー。うまいなあ」ち言【ゅ】うて、

感心した振いしてさ、

「そやけど、私【わし】の方がまあーだ上【うわ】手【て】じゃあ」て、

言んしゃったちゅう。そいぎ狐の、

「嘘ばあっかい」て、

相手にせんじゃったてぇ。

「そんない見とってんのう」と言うて、

魚屋の裏口から入【はい】って行たてさ、

小僧さんな、

「こぎゃんこぎゃんして、

今から狐ば騙すけんが、

ようしとって、知らん振いしとってくんさーい」て、

魚屋さん方【がち】ゃ、

皆に頼んだちゅう。そいぎぃ、

「良か、良か」ち言【ゅ】うて、

言んしゃったけん、

うまく相槌ば打ってからさ。

そいからもう、表【おもて】さい来て、

そうして小僧さんな腰ん紐【ひも】もば

黒―かとば前掛けんごとしとんしゃっとば取ってから、

頭からプラーッて、ひっ被って、

そうして魚屋の前に行たてからねぇ、

まず狐さん達にさ、

「狐さん、狐さん。私【わし】ゃねぇ、

こうしてこいば腰ん中【なき】ゃあ被っとっぎさ、

誰【だい】も見えんとばい」言うて、

言んしゃったちゅう。そいぎ狐は、

「阿呆【あほう】らしい。

ぎゃんとで化くっつもいやろうかあ」て、

舌ばベロッて出して、

「おかしかあ」ち言【ゅ】うたて。

そいぎぃ、小僧さんはねぇ、

しめしめと思うて、魚屋さんの店さにゃ行たて、

店ん人の見よんしゃっ真ん前でねぇ、

そうして、その魚ば三匹も取ってさ、

持っとったて。

そうして、そりゃ小脇に挟【はさ】んで、

また油揚げも持って来てねぇ。

そうして、狐の目の前で、

「ムシャムシャムシャ、

美味【うま】か、美味か。

ああ、こりゃあ、ほんに油揚げの美味か」ち言【ゅ】うて、

ムシャムシャ食べてしもうたて。

そいぎぃ、狐はジイッと隠れて見よったいどん、

涎【よだれ】タラタラ美味【うま】かろうにゃあ、

と思って、見おったて。そいぎぃ、

今度はまた、店ん中【なき】ゃ大威張りで行たてばい、

鯣【するめ】ば吊るして

あっとばヒョッと取って来て、

「こりゃあ、美味か。

こりゃあ、美味か」ち言【ゅ】うて、

またバリッとさいちゃ、

ムシャムシャ、バリッとさいちゃ、

ムシャムシャ、一人【ひとい】で食べて

仕舞【しみゃ】あいんさっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、店ん者は前に約束しとんもんじゃい、

知らん振いして、

そこん辺【たい】店ん前ば

行たい来たいしおんしゃって。

そいぎぃ、狐さん達ゃ、

「ああ、こりゃ凄【すご】か。ああ、ああ」と、

あきれて涎タラタラ。

皆でそがんして言いよったちゅうもんねぇ。

そうしてから、小僧さんが言うことにゃ、

「狐さん、狐さん。

この黒かとば欲しゅうなっかにゃあ」て、

こう言うたら、

「えらい物ば持ってるなあ」て、

狐さん達が言うたて。そいぎぃ、

「お前【まい】さんの、

何【なん】とかいう変化の玉というとと、

換えても良かばーい」て、

こう言うたちゅうもんねぇ。そいぎ狐さん達ゃ、

「ほんま。換えてくるっとう」て言うて、

「すまんのう」ち言【ゅ】うて、

七変化の玉ばじき

小僧さんに差い出【じ】ゃあて、

腰布と換えたちゅうもん。

そして、狐さんは小僧さんがうまいことやったもんで、

もうすぐ油揚げば食べとうしてたまらんもんじゃい、

黒か布ばひっ被ってさ、

そうして魚屋にじき飛び込んで来たちゅう。

そうして、油揚げばおっ盗【と】ろうでしたぎねぇ、

店ん者【もん】が棒を持って来て、

「こりゃあ、真っ昼間ぎゃんして、

何【なん】でんお前【まり】ゃしょっちゅう

おっ盗【と】いよったろうがあ」て言うて、

散々な目にその狐は叩かれたちゅう。

そいぎ跛【びっこ】を引きながら、

「あ痛、あ痛」ち言【ゅ】うて、

やじゃ谷さ帰って、

「ありゃあ、

小僧さんにいっぴゃあ騙されたとばーい」て、

やっと気のついたて。

「そいぎぃ、あの七変化の玉ばやっけん、

あいば取い返さじゃあ」ち言【ゅ】うことになったもんじゃっけん、

「どぎゃんして取い返すぎ良かろうかあ」ち言【ゅ】うて、

皆集まって相談したて。そいぎぃ、

「こりゃあ、小僧さんが信用すっごと

ほんな一【いち】の隣【とない】の者に化けて行かんば、

あの、良【ゆ】うなかぞう。シッカイやれよ」ち言【ゅ】うて、

知恵者が出かけて行たちゅうもんねぇ。

狐のうちの知恵者が。そうして、

「小僧さんや、小僧さんや」ち言【ゅ】うたぎぃ、

「また来たとかあ」て言うて、

小僧さんが出て来たぎぃ、

「いんにゃあ。俺【おい】たい、

俺たい。あら、狐さんじゃなし

隣【とない】のおんちゃんばーい」て言うて。

そいぎぃ、

「あんたはさ、狐からうまいとこ言うて、

『七変化の玉』て言うとば、

おっ盗【と】って来たてやろう」と、

言うたら、小僧さんは、

「おっ盗って来とらん。換えたとばい」

「その換えたとやらばさ、

一遍で良かけん見せてくいてんしゃい。

どぎゃんとやあ」て、言うたぎぃ、

「あれはめったのこと

見せらるっ品物じゃなか」て。

「うぅん。そがん大事かと」

「大事かとさ、俺【おい】しゃあが

ようよう取い換えて来たとこれぇ」

「あいどん、そりゃ重かとかにゃあ。

軽【かる】ーかとかにゃあ」て、

今度【こんだ】あやいかけたて。そいぎぃ、

「軽ーかさい。『玉』てちゃ言うたもんどん、

軽【かーる】かばい」て言うて、

とうとうその小僧さんが持って来たてじゃんもんねぇ。

「どら、どんくりゃあ軽かあ」て言うて、

片一方が隣【とない】のおんちゃんに化けた狐が言うちゅうもん。

「どらー」ち言【ゅ】うて、

手ば差い出すもんじゃい、

なんげなしに七変化の玉ば、

ヒョロッと持たせんしゃったて。

そいぎぃ、その尻尾をヒョロッと出して、

「ああ、良かったあ。

取い返しのできた」ち言【ゅ】うて、

その七変化の玉ば持ったぎもう、

ピンコピンコして手渡すよい早【はよ】う

、一目散にやじゃあ谷さ狐は

七変化玉ば抱【いじ】ゃあて逃げ帰ったて。

「あらー、しもうた。

隣のおんちゃんてばっかいて思うとったぎぃ」ち言【ゅ】うて、

小僧さんは悔しがったて。

そいぎぃ、来る日も来るも、

あいばいっちょ取い返さんばなあ。

どんなにかして取い返さんばなあ。

どんなにかして取い返さんばと思【おめ】ぇよったて。

俺【おり】ゃあ、

伏見のお稲荷さんばし化けて行かじにゃあ、

取い返す方法はなかあ、

と思うてねぇ、小僧さんのねぇ、

隣の子どんば雇うて高張提灯に

わざわざ明かりをつけてさ、

やじゃ谷さいやって来たて。

「これこれ、狐ども、狐ども。

我は伏見の稲荷大明神なるぞう」て、

言うたぎぃ、狐どんが、

「稲荷大明神の来とんしゃっ。えぇ」ち言【ゅ】うて、

出て来たちゅうもん。

そうしてねぇ、

もう腰掛け物ば持って来たけん、

それぇ小僧さんな腰掛けて、

【お前【まい】、そのねぇ、伏見の稲荷さんに化きゅうでちゃねぇ、

お寺の和尚さんのねぇ、

帽子も被ってさ、そ

れから衣に稲荷て書【き】ゃあたとも着て行たとっよう。】

そいぎぃ、小僧さんて思わじぃ、

稲荷大明神さんて思うとったわけぇ。そうして、

「お前【まり】ゃあ、聞くところによると、

お前達ゃまんまと龍源寺の小僧に

七変化の玉ばおっ盗【と】られたてじゃろうがあ。

お前達に、あぎゃん免許のついた

七変化の玉は持たせられん。

どら、確かに取っ返して来たいやろう。

検分してやっけん、ここ、目の前に差し出せ」て

、言んしゃったて。そいぎぃ、

「へぇ」ち言【ゅ】うて、

伏見の稲荷大明神と思うとったもんじゃい、

狐どんが恭々しく盆に載せて玉ば持って来たて。

「うん。こりゃ、間違いもなか、

七変化の玉。あいどん、

私【わし】が一時【いっとき】預かっとく。

お前【まい】達、めったなことやられん」て言うて、

その小僧さんの伏見の稲荷さんにないすまして、

懐深く七変化の玉ばなやあてさ、

その子供ば二人連れてまた龍源寺さ帰ったと。

「良かったにゃあ。

七変化の玉ば取い返えして、

もう一時【いっとき】ゃやじゃ谷の狐は騙しえんぜぇ」て言うて、

安心したて。

そいばあっきゃ。

〔二八三 八化け頭巾【AT一〇〇二】類話〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P241)

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