嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

日暮れの峠道ば一【ひ】人【とい】の男の帰って来よったて。

あったいどん、こん峠ば越ゆっぎ我が家たい、

と思うて、唄どん歌うて帰よらしたて。

あいばってん、峠にゃここは狸の出【ず】って。

そうして化かされん者【もん】ななかあーて、

じゃったなあて思いながら来おったぎぃ、

「もしもし」て、何度じゃい言うて、

きれいか赤【あっ】か着物【きもん】ば着た姉さんの出て来たて。

やっぱい出たばい、と思うとったもんじゃい、

この馬方は、わーざとワハハハと言うて、

笑うて、一時【いっとき】したぎぃ、

「山ん下の古狸どんじゃろう。

お前【まり】りゃ、何かな、その化けようじゃあ」て、

馬方さんの言うて、

「お前【まい】さんな、その見てみんさい。

狸の足の毛むくじゃらの出とろうが。

そぎゃんふうで、きれいか幾ら姉さんでん、

誰【だい】でん狸てじきわかっ」て、

言うたぎぃ、

「そいぎ、馬方さんなあ」ち言【ゅ】うて、

その狸が言うから、

「ほらー、俺【おれ】を見てみぃ。

ほんなもんのごとしとろう。

人間そっくいぞ、そっくいぞ」て、

言うたて。そいぎ狸が、

「姉さんに化けとっ。たいしたもんやなあ。

うまく化けたもんやなあ。そんなら、

その化け方を教えてくれんやあ」て、こう聞いたて。

「そいぎぃ、その極意ば教ゆっけん、

俺【おれ】の言うごとせろ。

ちぃーと我慢もせんばらん」て言うて、

麻袋ば出【じ】ゃあて、

「ここん中に首からつっこんで、

ようしとれ。こいが極意じゃけん」ち言【ゅ】うて、

麻袋ば出ゃあて、

その中【なき】ゃ狸ば押し込んで、

しっかい括【くび】って自分の家【うち】さい持ち帰った。

こりが狸汁で、

その晩は美味【うま】かったちゅう。

そいばっきゃあ。

〔二八〇 叺狐【cf.AT三二七C】類話〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P240)

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