嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

権現山にはさ、化け物がおってねぇ、

村さん出て来ては子どんば攫【さら】うてじゃんもん。

鶏も盗【と】っていち食うて。

そいぎぃ、

村ん者【もん】は怖【えっ】しゃあ震【ふり】いよったとたい。

あったとこれねぇ、

村はずれの杉の木に貼紙してあったとばーい。

「何【なん】て書【き】ゃあてあっとかあ」ち言【ゆ】うて、

村ん者【もん】な字ば知らん者ばかいじゃん。

読みえじぃ。

あったぎねぇ、一【ひ】人【とい】の男がねぇ、

「お寺の和尚さんな読みえんしゃっばーい」て、

言う者のあったもんじゃっけん、

じき和尚さんば迎えぎゃ行たて。

そうして、和尚さんに読んでもろうたて。

和尚さんの読ますには、

「『娘ば人身御供に権現山に明晩出せ』」て。

「『必ず極楽浄土へやる。

さもないとこの村は地獄じゃあ』て、書いてあっ」て。

「どがんすっなあ」て。

「あいどん、難しか漢字ばっかいで書【き】ゃあてあったけん、

誰【だーい】も読みえんじゃったいどん、

そぎゃん書【き】ゃあてあっとば知ったぎどぎゃんすんなあ」て、

村ん者はビックイしたて。

そのうち、娘ば持っとっ所の親達ゃ、

もう色ん青うなって震【ふり】いよったちゅう。

娘のなか所【とこ】ん者【もん】な我が良かごと、

「村んためじゃっんもん」て、

言いよったいどん

「そいじゃあ、家【うち】ん娘ば出そう」て、

言う者な一【ひ】人【とい】でんおらん。

ガヤガヤ、ガヤガヤ言いよった所【とこれ】ぇ、

一人の娘のお遍路さんの通りかかんさいたちゅうもん。

そうして、そのお遍路さんの言わすにゃ、

「私にゃ、父も母もありません」て。

「たった一人の巡礼です。私が、

その人身御供とやらになりましょう」と、言うたてばい。

そいぎ村ん者な、

「そんなに言うたてちゃ、人身御供ちゅうぎぃ、

化け物からいち食わるっとばい」て言うて、

皆シーンとなって考えこんでしもうたてぇ。

「そいでん、村を救う人のためになっとないば、

私は死んでもかまいません」て、

その巡礼の娘は言うてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、

「何処【どっ】から来たこっちゃい知らんばってん、

見上げた心がけだ」て言うて、皆、

「そんないば、

巡礼さんに人身御供になってもらおうかあ」ち言【ゅ】うて、

明くる晩な御輿【みこし】んごたっとば作って、

それぇ乗せて権現山さい運んだちゅう。

あったぎぃ、夜【よ】さいの山ん中はもうねぇ、

真っ暗闇やったてぇ。

真っ暗か所【とけ】ぇ娘の巡礼は、

たった一【ひ】人【とい】お経さんどん唱えおんさいたちゅう。

あったいどん、一時【いっとき】したぎねぇ、

音いっちょせん権現山、巡礼は何【なん】を思うたいろう、

小石ば沢山【よんにゅう】集めて、

そうして山じゃっもん、

木の枝のそこん辺【たい】あったとば拾い集めて、

その石の上にのせて、ドンドンやって焚【ち】ゃあたて。

木の枝ば燃【もや】あたて。そうしたぎぃ、

その下ん方にあった石も焼けてねぇ、

熱【あつ】うなったとば棒の先で

我が回いに焼け石ば置【え】ぇた時分に、

化け物の出て来たちゅう。

毛もくじゃの手ば娘ん方に差い出すちゅうもんねぇ。

あったいどん、

娘の周りには火で焼けた熱【あつ】か石の回りにあっもんじゃい、

その化け物はいっちょん寄りつきえんて。

娘巡礼はそん時石の熱かとば、お札の、

紙で包んで、そうして、

その化け物目がけて投げつけたちゅう。

そいぎ化け物はねぇ、

「ギャアギャア」ち言【ゆ】うて、

怖【えっ】しゃ叫【おら】ぶちゅう。

そうして、とうとう夜の明けた時分には、

化け物は何処【どこ】さいじゃい逃げて行たて。

一夜明けて村ん者達のどぎゃんなったろうかと思うて、

世話焼あて来てみたぎぃ、

そいぎ権現山に巡礼さんな

チョコーンと座っとんさっもんじゃい、

ほんに化け物な来【き】たとやろうか、

来【こ】んやったじゃろうかと思うて、

オズウオズウ聞いてみたぎぃ、

「化け物の来わしたばってん、

『ギャアギャア』言うて、逃げて行たあ」て言うて、

その巡礼さんな話しんしゃったて。

見てみたら、タラタラ、タラタラ血の跡のあったけん、

その血を辿【たど】って権現山の

奥さい村ん者たちの行たてみたぎぃ、

頂上近くに太か岩ん中に

血の落ちとったとの続いとったちゅうもんねぇ。

そいで、

「ぎゃん所【とけ】ぇかごうでおっ化け物ないば、

確か、狸じゃい野狐じゃいじゃろうだーい」て言うて、

青松葉ば持って来て、

入口【いいぐち】でドンドン焚いて、

くすべんさったて。村ん者達の。

あったぎぃ、

中から古狸のヒイーヒイー叫【おろ】うで出て来て、

グニャッてなって死んだて。

そいぎ皆が、

「あらー、こん畜生【つくしょう】、

古狸の仕業じゃったあ」て言うて、

ヒョッと見たぎぃ、

あの娘巡礼さんなそけぇはおんさらんじゃったてぇ。

消えとっごと無【の】うなっとんさったあ。

そいから先ゃ何事【にゃあごと】でんなかったちゅう。

チャンチャン。

〔二五六 猿神退治【cf.AT三〇〇】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P234)

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