嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

女【おなご】ん子のサワて付【ち】いたとの

おっ母【か】さんと二【ふ】人【たい】おったて。

ところがある日、おっ母さんが病気しんしゃったて。

そして、おっ母さんのねぇ、

「山に、今時分【じぶん】な

苺【いちご】のなって美味【うま】かろごたあ。

あの甘【あま】か苺ば食べたこんな、

母【かあ】ちゃんも元気になるような気がすっ」て、

そこまで言うて、お母さんなあ、

もうスヤスヤスヤス眠っとんしゃった。

そいぎぃ、さあ、こうして見よったぎぃ、

おっ母さんが、

「山に行け、苺がある。あの苺が食べたあーい」て、

言いよったぎぃ、いっちょお母さんに、

あれをあの、食べさせたーい、と思うたけど、

おっ母さんは昏々【こんこん】と

寝むっとんしゃあもんだから、

ソッと山へ山へと、

テクテク、テクテクと登って行った。

あったぎぃ、ほんなこて苺のねぇ、

あそこにもここにもちゅうて、

もうお出でお出でせんばっかいのごと、

チラチラ、チラチラ赤【あっ】か苺のなっとたけん、

ああ、おっ母さんにこの赤か

苺ば摘んで行たて食べさせてぇ。

そうして、川で洗濯ば一緒にしたい、

畑にゃ大根蒔きに行ったいしゅう、

と思うて、通いよったぎね、夜にいちなっとったて。

ありゃあ、もう夜になったあ、と思うて、

ビックイして苺の籠【かご】ば抱えて

山道ば左【ひだい】に曲がったい、

右に曲がったいして駆け下りよったぎねぇ、

白髪のお婆ちゃんに出会ったて。

そいぎお婆ちゃんのねぇ、

「子供の、ぎゃん女【おなご】ん子の

今から何処【どこ】さん行きよっかあ」て。

「もう、この山の入い口に鬼のおっとこれぇ、

鬼からお前【まい】いち食わるっばい。

婆ちゃんとけ来い」て言うて、

婆ちゃんが優しゅう言うもんじゃい、

そんないばあ、と思うて、

サワて言う女の子は婆ちゃんの後について行ったて。

あったぎぃ、ぼろの家じゃったいどん、

大きな鍋のかった囲炉裏【いろり】に

火のトロトロ、トロトロ燃えおったいどん。、

何【なーん】か臭【くさ】ーか臭【にお】いのしよったて。

そいで婆ちゃんな、

「あがれ」て言うて、

じき大きか丼【どんぶい】ば出【じ】ゃあてね、

「ほれ。お前【まい】もこの、

美味【おい】しいぞ、食べろや」ち言【ゅ】うて、

その汁を出したけど、

その汁が生臭【なまぐさ】か生臭か、

チョーッと食ぶっ気はせんじゃったけど

、婆ちゃんどうか大きな包丁ば持って、

裏からじき丼の汁ば飲まんで出て行たて、

ゴシゴシ、ゴシゴシ何【なん】か包丁ば研ぎよおごたった。

そいぎ婆ちゃんに、

「私、お便所に行きたいでーす」て、

言うたぎぃ、婆ちゃんの裏から、

「ああ。ちかーとそけぇほら、

小屋のあっとこ便所だよう」て、

言うたもんだから、そこに便所に入【はい】って、

ほんに気味ん悪か婆ちゃん、

あん人ヒョッとすっぎにゃ山ん婆じゃなかろうか、

て思うたぎぃ、山ん婆のごた気のすんもんだから、

そのサワ、早【はよ】う逃げんばと思うて、

便所ん中草履【ぞうり】ばはいて

便所の窓から飛び出【じ】ゃあて逃げらしたて。

そうして、

幸い月夜の十五夜のお月さんじゃったったけん、

山道でん、ドンドンドンドン怖【えす】かあ怖かあ、

怖【こわ】い怖いちゅうて、

なんや逃げて行きよったら、

一方婆ちゃんの方はどうかちゅうぎぃ、

あの娘は用便の長【なん】かにゃあ。

ほんにいち食うぎ美味【うま】かごとしとったとこれぇ、

て思うて、チョッと包丁ば研ぐとば止めて、

「まだかあ」て、聞いたぎぃ、

「まあーだーよう」て、こう言う。

「子供のくせに長便所【ながべっちん】なあー」て、

また言いながら、また一時【いっとき】したぎぃ、

「まだか」て、言いおったぎぃ、

また便所ん中【なっ】から、

「まあーだあ」て、声のしたて。

そいどん婆ちゃんな余【あんま】―い長【なん】かもんじゃけん、

「まだーかあ」ち言【ゅ】うて、

扉ば引き開けたとげぇ、そいで婆ちゃんな、

「まあーだあ」ち言【ゆ】うて、

その、その女の子の脱いだ草履のもの言いよあつたちゅう。

そいぎこの鬼婆は、

「こん畜生【ちくしょう】、逃げたあ」て言うて

、もう、そりゃあ一目散にその女の子ば

何処【どこ】ん方さん逃げたろかあ、

て見たぎ背の高【たーか】ったもんだから、

向こうの峠の方ば登って逃げようとのわかったぎぃ、

この婆【ばば】さんなもう慣れ知った山道じゃあるし、

じきサワに追いついたて。そいぎぃ、

はあー、どうしよう、と思うとったけど、

帯にかがいちいたもんだから、

その帯の結び目を解いたぎぃ、

帯がスルスルスルって解けたぎぃ、

不思議も不思議、帯の大きか川になったちゅう。

あーったいどん、

その婆ちゃんな川ん中ばバッシャバッシャやって、

泳うてねぇ、そうしてまた追っかけて来【く】っちゅう。

もうサワちゅう女の子は、

もう足どまカチカチになって

どうか怖【えす】かった命がけで逃げようたけど、

また婆に捕まりそうになった。

頭の髪に手を差し出【じ】ゃあたから、

今度【こんだ】あ、ああ、櫛差【し】ゃあとったと思うて、

櫛ばガンて曲ん前やったら、

やにわにね、恐ろしか高【たっ】か山になったて。

そいーども、そこの尾根ばよじ登ってその、

追っかけて来よったてぇ。

あったいどーねぇ、とうとう、

もう捕まって、そのサワば捕まったぎぃ、

その婆【ばば】ちゃんなニヤーて笑【わろ】うたて。

気味ん悪かったて。あったいどん、

そいから先その婆【ばば】がいっちょん動かんて。

そいぎそのサワちゅう女の子が振り返って見たぎねぇ、

そこには萱【かや】が、

背の高【たーっ】か萱の生えて、

サワサワサワて風に揺れて、

何時【いつ】まってんサワサワサワちゅうて。

そうして白ーか穂の

「お出でぇ、こっちさん来い、こっちさん来い」ちて、

お出でお出で招きよったて。

そいばっきゃあ。

〔二四五 天道さん金の鎖【AT一二三、三三三、一一八〇】【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P232)

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