嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある村に、

兄さんと弟が住もうとんしゃった。

不思議なことにねぇ、兄さんな毎晩出かっ。

一晩でん行かんことはなか。

そうして夜、行たて冷―となって来【き】て、

寝床に寝おんゃったちゅう。

そのうちにねぇ、弟も、

「都【みやこ】さん行たて

何【なん】ないとん仕事ばみつけて来【く】う」ち言【ゅ】うて、

都さん出かけた。

そして何年でんたってから、

弟が帰って来たて。

家【うち】ゃ皆、達者じゃろうかあ、

お父【とっ】たんにもおっ母【か】かさんにも会いたあ、

と思うて、帰って来【き】よらした。

そいぎぃ、峠ん辺【にき】から、こうして見たぎぃ、

人間の人影のいっちょんなかちゅうもんねぇ。

音いっちょでん。そいぎぃ、

村は死人ごと静まりかえとったばい。

そうして、

家【うち】さん来たぎ兄さんが一人【ひとい】ポツーンて、

我が家【うち】座っとらした。そいぎ弟は、

「おっ母【か】っかさん達ゃあ」て、聞いたぎぃ、

「ああー、もう、とうに死んだ、死んだ」て言う。

そいぎねぇ、弟は久しぶり帰って来た。

そいじゃおっ母【か】さんの供養に餅どん上げて、

お仏壇に拝まんばあ、と思うて、拝みはじめた。

そいぎねぇ、

「ボットンボットン、

ボットンボットン、南無阿弥陀仏」ち言【ゅ】うて、

拝みおったぎぃ、

二匹の恐―ろーしか太か鼠の出てきて、

「早うー逃げろ、早うー逃げろ。逃げろ、逃げろ」て、

鼠の口聞くちゅうもんねぇ。

そいぎねぇ、よう見よったぎぃ、

いっちょはお父【とっ】たんの顔にそっくいで、

まいっはおっ母【か】さんの顔にそっくい。

そいぎ早【はよ】う逃げんばあ、と思って、

逃げたぎ鼠が、

尻尾で木魚ばバッタバタ、

バッタバタ叩【ちゃ】あてくいよったて。

そいぎぃ、裏の口出てぇ兄の方は、

木魚の音んどん裏ん方で、

あの、兄はその包丁研ぎったて。

あったい、いっときしたぎ木魚の音が違うなあ、

と思うて、来てみたぎ仏壇の前で鼠が、

せっ込うで尻尾で木魚叩きよった。

そいぎぃ、ありゃあー、

折角食おうて思うとったぎぃ、

弟はひん逃げたばい、と思うて、

追いかくっ追いかくっ、

もう仕舞いには本性の蛇になって追いかけた。

そいーぎもう、ちょっと弟の後ろ向みたぎぃ、

蛇の追いかけて来んもん。

どうしよう、て思うて、

怖【えっ】さ怖さとこうして道端ん中、

ようーし見たぎそこん辺【たい】いっぱい菖蒲の生えとった。

そいーぎぃ、その中に飛び込んで、

逃げておったぎそこん辺【にき】ば蛇がウロウロ、

行たい来たい弟ば捜しよった。

そいば、空にはちょうど鷲がおって、

その蛇ばつき殺して食べてしもうたて。

もう、我れにかえって弟は菖蒲の中から出て来て、

ああー、命拾いした。私【わたし】の兄は、

ありゃ蛇じゃったばい、て気のついて、

「ああー、村の人達も、

おっ母【か】さんでんお父【とっ】さんでん、

この蛇がいち食うた、と思うて、

本当に言うに言われん悲しみば、

この弟は味おうたて。

あいどん、良かったなあ、

菖蒲の中に隠れたけん、命拾いしたあ」て言うて、

そいから先ゃ五月の男の節供のくっぎ菖蒲ば、

菖蒲ん中に居【お】うつもいで軒【のけ】に、

あの、差しおったぎ皆な、

その村ん人達ゃ厄除けちゅうて、

そいから先ゃ菖蒲ば軒に吊るすごとなったあーて。

そいばっきゃ。

〔二四四 食わず女房【AT一四五八、cf.AT一三七三A、一四〇八】【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P229)

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