嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

六通寺ちゅうて、

山の上に太かお寺のあったとよう。

そこのお寺の和尚さんな恐ーろしかけちん坊和尚さんでさい、

「もうあげん者【もん】の少なかけん、

我が一人【ひとい】食うとに精一杯」て言うて、

いっちょん嫁さんば取んしゃれんちゅうもん。

そいぎぃ、壇家の人達、

「和尚さん、もう嫁さん取いどきじゃなかですかあ」て言うて、

催足ばしても、

「いんにゃあ。一人【ひとい】、

ようよう食べていきよっとこれぇ、

嫁さんば取っぎ嫁さんにも食べさせんまらんけん、

嫁さんな取らーん」て、

言いおんしゃったて。

ところがある日のこと、

きれいか女の来たちゅうもんねぇ。

チョッと美人じゃったて。そして、

「和尚さん、私は何【なーん】もご飯な食べんでも良かです。

お宅に置いてください」て、言うたて。

「そうねぇ」て言うて、

和尚さんと二人【ふちゃい】暮らしおっぎもう、

お掃除もてきぱきとするし、お洗濯もするし、

障子の破れは貼ってくるっし、ほんにもう、

申し分なかごともう、

そこ辺【たい】きれーいにして働くてじゃんもんねぇ。

そいぎもう、五日目にはねぇ、

よーし、俺【おい】ももう、

嫁取いどきじゃっけん、

この女【おなご】に決めたあ、

と思うて、和尚さんの、

「わい【お前】、嫁になってくれんかあ」て、

言うたぎぃ、その女は、

ちぃった顔どま赤【あこ】うにゃあたごとしとったいどん、

「私で良かったらー」て、言うたて。

そうして、二人は夫婦になんさったてじゃもんねぇ。

そいぎぃ、相変らずいっちょんその女は、

ご飯ば食べんて。

和尚さん一人【ひとい】前ばあっかい炊いと。

お粥どんして食べさせたり、

ご馳走もして食べさすっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、あぎゃんご飯は食べじぃ良かろうかにゃあて、

実は和尚さんも不思議に思うとんしゃったてぇ。

そいぎぃ、壇家の法事に行たい、

お茶講に行たいして、

招【よ】ばれてお経さん上げに行くぎぃ、

そん時の話に、

「和尚さん、

あなたん所【とこ】の嫁さんな何【なーん】も食べんてなたあ」て。

「ない、食べんばーい」て、

言いおったいどん、だんだんほんに不思議ねぇ、

と思【おめ】ぇおんさったったて。

そいぎ人のねぇ、総代さん達もさ、

「ほんに和尚さん、おかしかばい。

もう何年でんなっとこれぇ、

そがん飯食わじぃ生きちゃおられんばい。

ジイッと隠れて見おってんござい」て、

言うことで、ある日、

「お使いの来たけんが、

供養に行かんばらんけん、出かくっぞう」て言うて、

衣どん着て数珠どん下げて出て行く振いして。

そうしてねぇ、物置きに隠れて、

ジィッとその自分の嫁になって

来た女【おなご】ば見おんしゃったてぇ。

あったぎねぇ、

お釜一杯早速ご飯ば炊き始むってじゃんもん。

そうして、そのご飯ば炊きあげて、

そうして頭の、髪をやんぼろして【乱して】、

頭の上に大かな口ば持っとったちゅう。

そこかねぇ、ご飯ば釜一杯あ食べよったてよう。

そいぎぃ、和尚さんなもう、

チョッとビックイしんしゃったちゅうもんねぇ。

チョッと困ったにゃあ、

て思うとんしゃったてぇ。そいでねぇ、

「ただいまー」ち言【ゅ】うて、

帰んさいたぎぃ、

そいぎもう、

その女【おなご】は山ん姥のごと怖【えす】かごと、

耳まで口も裂けて。そうして、

「見たなあ」て、言うたて。

和尚さんも、チーョッと恐ーろしゅうて、

もう逃げ出しんさったて。

そいぎぃ、

山ん姥もチョッと逃げて行きんさった後を

追っかけて来【く】っちゅうもんねぇ。

そうしてねぇ、和尚さんは壇家のうちに、

「助けてくんさい」ち言【ゅ】うて、

助けば呼ぼうで、そうして、

壇家のうちに泊まんしゃったて。

山ん姥は表ん辺【にき】ばウロウロしょったいどん、

いっちょん和尚さんの

出て来【き】んさらんもんでどぎゃんないとんして、

一遍な敵討ちして取っていち食おうち、

山ん姥は思うとったちゅう。

そうしてねぇ、もう、チョッと困ったにゃあ、

て思うとったて。そいどん和尚さんは、

「もう、チョッと六通寺にも帰られんごたあ。

お寺にはもう、怖【うず】うしておられん」て、

言いおんしゃったぎぃ。そいぎぃ、

「まあ、ユックイ心を落ちつけて、

長【なご】うこけぇ、夜【よさい】、

今夜泊まんさっても良かあ」ち、

檀家の者は言うて、

「囲炉裏にねぇ、恐ろしかドンドン、

ドンドン焚いて、

温【ぬく】もっておんさい」ち言【ゅ】うて、

その檀家の方達【たち】ゃあ、

和尚さんを労【ねぎら】いんさったて。

そうして、あたいおんさったぎねぇ、

上ん方から太ーか蜘蛛のスルーッて

下りて来【く】ってじゃんもん。

こりゃあねぇ、山ん姥の蜘蛛になって出てきたとよう、

夜【よ】さい。そいぎぃ、

「夜【よ】さいの蜘蛛は、

もう魔のちいとっとじゃっけん、

早【はよ】う殺せ。さあ、殺せ」て言うて、

ひっきやして箒【ほうき】持って来たい、

板ぎれ持って来たいして、

皆で寄ってたかって、

その夜の蜘蛛ば皆で叩き殺しんしゃったて。

そいぎねぇ、

「よかったあ。和尚さん、

確きゃこいは山ん姥が化けて来たとのばい」て、

言いおったぎぃ、蜘蛛になった山姥の、

「しもうたあ」て言うて、

そのまま死んだて。

そいぎぃ、良かったねぇ。

そいどんねぇ、だーんだん六通寺は、

そからねぇ、お寺がもう、余い檀家も、

あっちさい移いこっちさい移いして、

壇家もなかごとなって

お寺はたっていかんごつなって

石ばっかいゴロゴロ残って、

お寺は無うなったとよ。

そいばあっきゃ。

〔二四四 食わず女房【AT一四五八、cf.AT一三七三A、一四〇七】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P228)

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