嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

もう龍願寺【佐賀県杵島郡白石町室島】の和尚さんな、

もう北の方の檀家から帰っ時、峠ば来【く】っぎぃ、

狐に何時【いつ】ーでん騙されて、

供養みやげのお御馳走どま全部【すっぱい】おっ盗【と】られおんさいた。

そいから、今度【こんだ】あ西の方の檀家に行たて帰おんしゃった時も、

その峠を通らんばらんてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、何時【いつ】ーでんもう、

みやげば持って帰んしゃったことのなかったちゅう。

もう供養みやげは、何時ーでん、あらーっ、

重箱下げとっとの重【おふ】とうなったにゃあいと思うとっぎぃ、

あらーっ、軽うなったあ、ち言【ゅ】うことして、

狐からおっ盗られよんさいたちゅうもん、

幾ら和尚さんでん何時かは敵【かたぎ】ば取ってくれんばあにゃあて、

和尚さんの思うて、昼【ひん】の日中【なか】にブラブラ峠ば越えおんしゃったぎぃ、

道端の藪【やぶ】ん所で、狐の尻尾どまダライさせて昼寝しとったちゅう。

そいぎぃねぇ、

「こら、こら。檀那様」て、狐に言うて、見んしゃったぎぃ、

「おりょっ」て言うて、狐が目【め】覚【さみ】ゃあて。

そいぎぃ、和尚さんな、

「狐どん、太か尻尾どんそがん出【じ】ゃあて、

寝て、良か気持ちしてそぎゃんしとらじぃ、

今夜はご馳走どん食べぎゃ行こうじゃなかね」て言うて、

誘いんさいたぎぃ、

「どがんしてー」て、狐の話にのってきたちゅう。

「今んごと、あんさんな檀那さんになっぎ良かたい。

あんたが檀那さんになって、私が和尚さんたい。

そうして、あの、白石の町【佐賀県杵島郡】にご馳走食べぎゃ行こうでぇ」て。

「わかったあ」と。

「今夜、出かくんねぇ」て言うて、

二人約束しんしゃったて。

和尚さんは早【はよ】うから狐と、

二人連れ立って白石の町に行きんしゃってじゃんもんねぇ。

そうして、あの一流の太か料理屋に上って、

「今日は徳用のご馳走持って来【き】てくんしゃい。

檀那様が来【き】んしゃったとじゃっけん」

そいぎぃ、檀那様らしゅう化けとったちゅう、狐の。

そうして、悠々として上座に、床の間を背に座っとったちゅうもんねぇ。

そいで、お御馳走も次から次に、出るは出るは、どっさい出て、

「油揚げんごたっとが良かとよう。

私どま油揚げんごたっとが好【し】いとっとよう」て、

言んしゃったぎぃ、油揚げの仰山お御馳走の出てくっちゅうもんねぇ。

「美味【うま】かねぇ。美味【おい】しかねぇ」て言うて、

舌鼓を打って、檀那様になった狐と和尚さんと食べおんしゃったて。

一時【いっとき】ばっかいしたぎ和尚さんが、

「檀那様、小便して来【く】っけん」て、言んしゃったて。そいぎぃ、

「はい。行たて来【き】ござい」

「我が一人【ひとい】飲みおんさいのう」て言うて。

そいから和尚さんか、ジィーッと帳場の所に行たて、

「一人【hとい】前あの、ご馳走ば包んでくんさい。

私、チョッと先ん方に用事のあっけん、

早【はよ】うお暇【いとま】すっどん、勘定は檀那さんのしんさっけん」と、

こう言うて、出んさったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、檀那さんになった狐はもう、

太平楽で自分が殿さんになったごたっ気持ちで、恐ーろしかもう、

呻【うめ】くぇてご馳走ば食べよったて。

いっちょん和尚さんな帰って来【き】んしゃらんよう、と思うて、

「おい、おい。料理屋の者」ち言【ゅ】うて。

そいぎぃ、お手伝いさんの来んしゃったぎぃ、

「和尚さんな、いっちょん来【こ】んとが、どがんしたとかい」て、聞いたぎぃ、

「和尚さんななたあ、

『用事のあっ』ち、もうさっき帰んさったばんたあ。

『勘定は檀那さんから貰【もろ】うてくいろう』

ち言【ゅ】うて、帰んさったあ」て、言んしゃったて。

そいぎもう、檀那さんになった狐も、

「フッフッ」言うて、

「冗談【じょうたん】のごと、俺【おれ】ぇ、勘定を押し付けて」て言うて、

もう尻尾でん何【なん】でん、

ひょろい【ナニゲナク】ひっと出【じ】ゃあたて【急ニ出シタト】。そいぎぃ、

「あら。こん畜生【つくしょ】、狐じゃったあ」て言うて、

家【うち】ん者なもう、箒【ほうき】を持って来【き】たり、

棒を持って来たり、

追【お】っこくんしゃったぎぃ【追イ払ラワレタラ】、

おろうちぃてひん逃げたて。

そいぎぃ、翌朝、早【はよ】うその、

料理屋の者な龍願寺に行たて、

「和尚さん、ぎゃんことなか。

狐まで連れて来て、お前【まい】、

ご馳走食ぶっちゅうことはなかですよう」ち言【ゅ】うて、

行きんさったぎぃ、和尚さんな、

「私ゃ、あんた方【がち】ゃ来た覚えはなかばい。

私ゃもう、二、三日ぎゃんして【コンナニシテ】して

風邪引いたごとして寝とったとこれぇ」て、

言んさったて。

「そいぎぃ、あの和尚さんになったとも狐じゃったとじゃろうかあ。

騙されたあ」ち言【ゅ】うて、

そのガックイ首うなだれて、料理屋の者な帰んしゃったちゅう。

そいばあっきゃ。

〔二三九 狐遊女【AT三二五】【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P223)

標準語版 TOPへ