嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしむかし。

山村にさあ、とてーも貧乏なお百姓さんがおらしたちゅうもんねぇ。

そいぎその人んが、三人男の子ば持っとんしゃったて。

そいどんねぇ、大きゅうなったら長男も次男も、

「俺【おどま】あ、そがん水飲み百姓【びゃくしょう】どま好かーん。

そがん百姓どましゅうごとなかあー」ち言【ゅ】うて、

都会さい行たてしもうたてぇ。

そいぎ末の子と二人【ふたい】、百姓しよらしたちゅうもんねぇ。

しかーし、働ゃあても働ゃあても、いっちょん楽じゃなかーあて。

そいぎぃ、その末の息子、何【なに】を思うとったやろうか。

「お父さん、お金ば百文くんさい。

何【なん】ないとん商売どんせんぎぃ、いっちょん良かことはなかねぇ」て言うて、

また村ば出て行きおったて。

そいぎぃ、その末の子がズウッと行きおったぎぃ、

お婆さんが痩せーた猫ば縄で括って、

棒の先で担【かつ】いで行きおんさっとにでっかした【出合ウタ】。

「お婆さん、そがん猫ばどがんすっとうー」と、言うたぎぃ、

「どぎゃんもこぎゃんも【ドウモコウモ〈仕方ナイ〉】、

ぎゃん猫は他所【よそ】の鶏のおっ盗っし、

台所に上がって他所の魚ばおっ盗っし、手におえんもん。

川に捨てぎゃあ行きおったい」て言う。

「そがゃん可愛そうなことすんもんじゃあなかあ。

今まで飼うとってん、我があ家【え】ん物【もん】じゃったろうがあ。

ほんなこと、そぎゃんあの、すんないば、

私がこけぇ百文の銭【ぜん】ば持っとっけん、私にこん猫ばくんさい」て。

「そいぎぃ、あんたに、やっ」て言って、

「ああー。そいぎぃ、お婆さんな、

ただでん痩せ猫ば貰うてくいたばっかで嬉しかとこれぇ、

銭【ぜん】までくるってやあ」て。

「そいぎぃ、どうぞ。どうぞ」ち言【ゅ】うて、

その猫ば貰い受けて帰って来たて。

お父さんは、そいでも良かもんしよんもんじゃい、

「商売でん、何【なーん】も仕事がみつからんじゃったばいにゃあ。

猫どん買【こ】うて来たかい」ち言【ゅ】うて、いっちょきんさったて。

そいぎまた、明くる日もお父さんに、

「もう一遍、百文銭ばくんさい。

ほんな仕事ばみつけて来【く】っ」ち言【ゅ】うて、

百文貰【もろ】うてズウーッと町さい行きおったぎぃ、

今度、小【こま】―んか猿ば子供が寄ってたかって、

その猿ばいじめよって。その猿は、キャッキャッ鳴きおったちゅう。

そいぎそん、あの、末の子はむぞうか【可愛ソウ】にゃあ、と思って、

「その、おい、おい。子どん、銭【ぜん】ば百文くるっけん、

その猿は譲ってくれ。鳴きおっかあ」ち言【ゅ】うて、貰う。

そいぎぃ、その、貰い受けて猿ば山道まで抱いて行たて、

「早【はよ】う、山さい帰らんばばい。里さい出て来っぎぃ、

ぎゃん酷か目合おうが。山さい引っ込んでおんしゃい」て言うて、

人間にもの言うごと放しんしゃったちゅう。

そいぎぃ、またこりゃあいらんことに、

大切なお父さんのお金ば使うてしもうたにゃあ。

そうしてまた、道ばしょんぼり元【もと】来た道ば帰って行かしたちゅう。

そうして、ズウーッとトボトボ行きおったぎぃ、

ほんにさっき放した小猿の追いかけて来たちゅうもんねぇ。そいぎぃ、

「何【なん】じゃい用ねぇ」て、言いおったぎぃ、

さっきの小猿が言うことにゃ、人間の言葉で、

「私のお爺さんは、猿の王様ですよ。そのお爺さんが、

あなたに『ぜひ、お礼ばしたかから、お連れしろ』て、言われて、

立ち戻って来ましたから、ぜひ、私と一緒に来ておくんさい」て、言ったて。

そいぎもう、疑い半分で、

小猿に末の息子がつんのうて行きんしゃったちゅうもんねぇ。

そいぎ行きおっうちに、山の中でだんーだん暗うなってきたて。

谷も山も、ズウーッと越えて行きおったぎぃ、

岩ばっかいの山があって、

そこん所【とこ】に明々と灯いのついとったてじゃんもんねぇ。

そうして、そけぇ門番の猿までおって、

案内されて奥まった部屋に行たぎぃ、

見たぎぃ、そこは立派な部屋じゃったて。

そうして部屋の真正面に真っ白か鬚【ひげ】の恐ろしか生【お】えとっ大きか猿の、

そけぇ、ドッカリ座って、

「私【あたし】が猿の王です」て、言うたちゅうもんねぇ。

「そいで、この小猿は、たった一人【ひとい】の私の血を継いだ小猿。

この小猿が死んぎ私の血族は絶ゆっとこでした。

そういうとこれぇ、この小猿の危ないところを、

お助け戴いて本当に有難うございまして」ち言【ゅ】うて、

もう、その王さんちゅうとも、恐【おっそ】ろしか丁寧にお辞儀ばしんしゃったちゅう。

そいから先ゃ、もう珍しかご馳走ばいーっぱい出たちゅうもんねぇ。

猿の踊りもひょうげて【オドケテ】面白かったて。

踊りやらご馳走やら、楽しい一時【いっとき】ばかいおって、

「家【うち】ではたった一人の親が心配しおっけん、もうお暇します」ち言【ゅ】うて、

その末息子が言うたぎぃ、

「この赤い袋に、

一文銭【せん】をあなた様におみやげに差し上げます」て、

王様がくんしゃったて。そして言んさっことにゃあ、

「これは猿の王族の大切な宝物です。

欲しい物は何【なん】でん出ますよ」て言うて、くんさった。

そいぎぃ、その末の息子は、山道ばトボトボ帰おったぎぃ、

家【うち】に着いた時は、もう夜【よ】の明け方やったて。

家【うち】ではお父さんが、

「何処【どこ】へ行ったろうかねぇ」て。

「一晩中、眠れんかったぞうー」て、言いました。

そいどん、その末息子は、今まであったことを話しんさったぎぃ、

「お父さん、手始めに、

この袋を開けて二階建ての大きな家を出してみましょうかあ」て言って、

その、貰うて来た猿の国の宝物ば見せて、

一文銭にガラガラって振って頼んだて。

もう目の前に大きか家の建ったてじゃんもんねぇ。

そうして、親子の者【もん】な二階に座っとんしゃったて。

「夢んごたんにゃあー」ち言【ゅ】うて、お父さんも恐ろしゅう喜びんしゃったて。

「お米もなか。お金もなか。欲しゅう物はなか。

何【なん】でんなか物ばっかいねぇ」て、言いおったら、

何【なーん】でん、米だって金だって、

沢山【どっさい】その袋の中に出てきたて。

そうして、一時【いっとき】んうち恐ろしか金持ちさんになって、

おったあて。そこへ、その長男と次男が、

家【うち】から出て行たとき着たままの、

着の身で帰って来たてやんもんねぇ。そいで兄達が言うには、

「都へ行たてちゃ、そうやすやすと働く所【とこ】もないし、

やっぱい住み慣れたふるさとの田舎の我が家【え】がいちばん良かばい」ち言【ゅ】うて、働いた。

そいから先ゃ、兄弟その大きな家で仲良く暮らしたていうこと。

そいばっきゃ。

〔二三三 猿報恩【AT一六〇】【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P218)

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