嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

もう絵ば描【か】くことは恐ろしかもう、

絵描きの好きな男がおったちゅう。

その絵はねぇ、猫の絵ばあっかいこの男、描きよったてぇ。

そいでも、その猫ん絵ばっかい描【き】ゃあて、

いっちょん仕事ばせんもんじゃっけん、

「もう、ぎゃん仕事いっちょでんせん者【もん】な」ち言【ゅ】うて、

追い出されたて、我が家【え】から。

そいぎぃ、仕方なし今まで描いた猫の絵は

、全部【しっきゃ】あ大風呂敷に包んで、

そして、テクテク、テクテク町に誰【だい】じゃいろう

この猫ばいる者のあっぎ売ろうだーい、と思うて、

テクテク、テクテク歩いて行きよったて。

ズンズン、ズンズン歩いて行きよっうち夜になったちゅうもん。

そいぎぃ、ズウーッと行きよったぎぃ、

ヒョッともう家がなかごとなったて。

見渡す限り一軒の家もなかてもんじゃいねぇ。

「困ったにゃあ。夜【よ】さいなったのに、

ああ、今夜は野宿かあ」ち言【ゅ】うて、

また歩きおったぎぃ、スウーッと向こうに明かりの見え始めたて。そいぎぃ、

「あすこまで行たてみゅうだーぃ」ち言【ゅ】うて、

明かいの見えたけん元気が出て、行たてみたぎぃ、

大きかお家【うち】じゃったて。お屋敷じゃったて。

ああ、こけぇ寄らせてもらおうと思うて、これ幸いだと思うて、

そけぇ近づいて戸を、トントン、トントンと叩いて、

「あの、私はここまで来ましたが、

どうか一晩泊めてくださいませんかあ」て、もの言うたぎぃ、

中から娘が戸を開けて出て来て、ビックイしたて。

見てみたぎビックイ。出て来た娘は、

ションボイして、広ーか家【うち】の屋敷に石の箱がいっちょあっばかい。

あとは何【なーん】もどうしたわけかなか。

不思議に思ったもんじゃっけん、その男は、

「これはどうしたことですかあ」て、娘さんに聞いたぎぃ、娘さんの言うには、

「この家【うち】にはもう、鼠が仰山いて、

家の道具でん何【なん】でんかんでん食い破って食べてしもうた。

そいも飽きじぃ、爺さん婆さんも、

父も母も鼠に食い殺されて私一人【ひとい】が、

この石の箱に隠れとったもんじゃっけん、私一人がかじられじぃ、

この今も石の箱に隠れて暮らして生き残っております」て言うて、

ボロボロ、ボロボロ涙ばこぼしたて。

男は、こいば可愛そうでたまらもんじゃっけん、

こりゃあ、どがんないどんして助けてやらんばにゃあ、と思うて、

「良かです。私を一晩泊めてください」て決心して、

泊まることにしました。

そうして、まず風呂敷ば開いてから猫の絵ばあっかい描【か】いとったでしょう。

あの例の猫の絵ば、もう壁じゃろうが天井じゃろうがあ、

辺【あた】り一面に貼ったて、その夜【よ】さい。

そうして、何処ん辺【たい】か、

何処【どっ】から鼠の来【く】いやろう、ジイッとして見おったと。

娘さんは石の箱ん中【なき】ゃあ入っとったて。

男は、胡座【あぐら】をかいて座敷の真ん中ゃあおったぎぃ、

チュウチュウ、チュウチュウ、

ゾロゾロ、ゾロゾロ何処【どっ】からか鼠の来【く】ってじゃっんもん。

初めの表【おもて】ん辺【にき】ばガリガリ、ガリガリかじりよったて。

そいぎぃ、ああ、今じゃあ、と思うとったもんじゃっけん、

私は精魂込めてこの猫の絵ば描【き】ゃあたもんじゃっけん、

猫も何【なん】ない役立ってくれぇ、と思うて、

「猫よ、猫よ。ひと働【はたり】ゃあてくれんかあ」て、男が言うたぎねぇ、

絵の中【なっ】からさい、

その描かれた猫が全部【しっきゃ】あ跳び出【じ】ゃあて来て、

そうして鼠ばたちまち食い殺【これ】ぇてしもうたて。

そいどん、まあーだいるなあ、と男は思うとったもんじゃっけん、

そいから先【さき】ゃ、三日も四日もその家【うち】泊まい続けた。

そうして、その猫に毎晩、

「ひと働き頼むぞ、頼むぞ」ち言【ゅ】うて、頼みよったぎぃ、

遅うにはとうとう鼠一匹でん見えんごとなったて。

「ようようして退治されてしまうた。

『チュッ』てでん、声ば聞かんごとなったなあ」て、

言いよったぎぃ、娘さんな恐ろしゅう喜んだて。そうして、

「私ゃ、自分一人【ひとい】この家【うち】におるぎんとにゃね、

また鼠にかじり殺されるかわからんけん、

あさんここの家【うち】におってください」て言うて、

二人で何時【いつ】まっでん仲良くそこで暮らして、

とうとう男は、お家【うち】のお聟さんになったて。

そいばあっきゃ。

〔二三二B 絵猫と鼠【cf.AT一六〇】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P210)

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