嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

一匹の猫を飼った金持ちの家【うち】がありましたと。

そいで、そこの家【うち】の下女はねぇ、猫が大好きでもう、

猫を膝に抱っこして頭を撫【な】でて、とても可愛がっとんしゃったてぇ。

だけども、そこん家の奥さんちゅうぎもう、

猫ちゅうぎ見っとも嫌いで、猫見っぎ足で蹴ちらきゃあて、

「あっち行けぇ。猫は何【なん】でん盗【お】っとっし、

裸足【はたし】で上がって来て好【す】かん」て、

恐ろしか猫ば好きんさらんやった。

そがんしよったぎぃ、

何時【いつ】んはじゃじゃい【何時ノ間ニカ】急に

その猫がおらんごといちなったてじゃっもんねぇ。

奥さんなもう、猫ば見ってん好かんじゃったけん、

「ほんに、良かったあ」て、言いおんさったて。

あったいどん、下女は、

「あの猫は何処【どこ】さい行たろうかあ」ち言【ゅ】うて、

来る日も来るも心ん中で猫んことばっかい思うとんさったあて。

そうしたぎねぇ、ある日、坊さんが旅の者【もん】ちて、

家【うち】ん前に来てねぇ、下女ば見て、

「これこれ、お前さん。お前さんのあぎゃーん可愛がっとった猫はなあ、

ここの前の道ば、ズウッと行った山奥の猫山ちゅう所にいるんだよう。

あの猫は年取っていたからなあ。年を取ると皆、あすこへ行くんだよう」と、

教えんしゃったあ。

「じゃあ、その猫山という所に行けば会えますかねぇ」ち言【ゅ】うて、聞いたら、

「あ、ああ。そこへ、猫山へ行ったら会える、会える。会えるとも」と言って、

向こうさいスタコラスタコラお坊さんが行ってしもうたて。

そいぎぃ、下女はそいば聞いたぎぃ、

やもたってもたまらじぃ【ジットシテイルコトガデキナイデ】翌日になったぎぃ、

奥さんに暇ばもろうて、

「あの山に猫に会いに出かけて来ますけど、お暇をください」て言うて、

山道をテクテク、テクテク登って行ったて。

そいで、何処ん辺【たい】から猫が姿ば見しゅうかと思うて、

キョロキョロ見ながら、ズウッと山を登って行きおったぎぃ、

とうとう日の暮れてしもうたて。

そいで、フッと向こうば見たぎ明かりが見えたじゃっもん。

そいぎぃ、あすこあは誰【だい】じゃい、

人間のおっ所【とこ】ばーい、と思うて、泊めてもらおうねぇ、と思うて、

そこへ目指して急いで行ったて。

そうして、行ったぎぃ、大きな家【うち】があったから、

「ごめんください。私は可愛がっていた猫に会いにこの山を登って来ましたけれど、

とうとう日が暮れてしまいました。

どうか、一晩泊めてください」ち言うたぎぃ、

中から出てきたお婆さんが、

「はあ、いいとも。

今夜はユックリここに泊まって行きなされぇ」て、言うてくれたて。

「ああ、良かった」て、ホッとして、

その下女は草臥れてもいたので、もうじき眠ってしもうたて。

あったぎねぇ、

真夜中にゴソゴソ、ゴソゴソ隣【とない】の部屋で話し声しおっとの聞こゆっちゅうもん。

その話し声で目のちい覚めたて。ジイッと聞いとったぎねぇ、

「今夜泊まっとっ女【おなご】はばーい、

虎猫ちゃんに会いに来たとじゃっけん、食い殺すぎいかんよう。

お前もお前も、良う知っとれよう。あの女を食い殺しちゃいかんよう」

ち言うて、そそめき合【や】うおって【小サイ声デ話シ合ウ】、

そいぎぃ、ジイッと隣【とない】の部屋ば開けてみたぎぃ、

もう三毛猫てん、黒か猫てん、白猫てん、

いっぱい猫の寝転んだい起きたい、そけぇしとったじゃっもんねぇ。

下女は幾らなんでん恐ろしゅうなってねぇ、

布団をひっ被ってガタガタ震えながら寝とった。

そうしたぎべぇ、

何時【いつ】んはじじゃい誰【だい】じゃいソーッと入【はい】って来たて。

こうして見てみたぎぃ、我が可愛がっとった猫てじゃっもん。

「お前【まい】、お前。会【や】あぎゃ来たぞ」と、手ばさし伸べてねぇ、

「お前【まい】は、何【なん】ても言わんで急におらんごといちなったけん、

どぎゃんしおろうかと思うて、心配してこうやって会いに来たんだよ」て言うて、

膝に抱いてねぇ、頭ば撫でたぎもう、

ゴロゴロ、ゴロゴロ甘えたて。そうして、

「良かったなあ」ち言【ゅ】うて、抱きしめてねぇ、

その猫に会【や】うおったぎぃ、猫が人間の声で言うたて。

「本当によく来てくださいました。

可愛がってもろうて、ほんに私も幸せでした。

だけどもねぇ、私もこんな年です。

もう余【あんま】い年ば取い過ぎて命の短【みじこ】うなったとば知ったもんだけん、

あの、こうして奥山さん来ました。年取った猫の方は皆、

ここで死ぬんですよ。ここは猫のお山です。

人間の来【く】っ所【とこ】じゃあいません」て。

「そいけんねぇ、夜が明くっぎ早【はよ】う帰ってください。

そうして、これはねぇ、私のあなたへのおみやげです。

受け取ってください」ち言【ゅ】うて、差し出したちゅう。

くれたちゅう、猫は紙包みば。そして、

「この紙包みは、決してお家【うち】に着くまで開くっことなんです。

開けんでください。こりゃあもう、決して開けんでください」ち言【ゅ】うて、

念には念ば押してそいが言うたて。そうしてねぇ、

「だけどねぇ、中は開けんでも、

ヒョーッ【急ニ】猫どんが追いかけて来っ時ゃ、

この紙包み、こうして目の前出【じ】ゃあて見すっぎねぇ、

良かけんねぇ。お守いじゃっけんねぇ」て、こう言うこともつけ加えたて。

そいぎ下女は、朝もう、夜の明くっとば待って、帰かけよったぎもう、

道端いっぴゃあ、猫がゴロゴロおったてじゃっもん。

そいぎぃ、その紙包みばこうして行たぎぃ、

もうどの猫もおとなしゅう道ば開けて、

どうぞ、ちゅうごたっふうで、

下女の道ば通いやすかごとしてくいたて。

そいぎぃ、下女は無事に家【うち】さい帰っことのできたて。

家さい帰ったぎぃ、

「あん猫に会うて来たですよう。

あれこれ、あぎゃんじゃった。こぎゃんじゃった。

余【あんま】い痩【やせ】せてもおらんじゃったあ」て。

「そうして、私に会いに来たけん、私も膝ん上抱いた」て、

言うような話ばしたて。

「あいどん、この紙包みまであの猫がみやけにくいたとですよ」て言うて、

奥さんに見せたて。

「そりゃあ、お前【まい】に、

あぎゃん可愛がいよったけん、くいたとたーい」て言うて、奥さんが言んしゃったて。

「そいぎ奥さん、開けてみましょうかあ」ち言【ゅ】うて、

奥さんと二人【ふちゃい】でその紙包みば丁寧に開けて見たて。

そいぎぃ、紙包みの中【なき】ゃあねぇ、

また一枚の紙切れの小【こま】かとの入っとったて。

それにはねぇ、犬の絵ば描【か】いちゃったてじゃっんもん。

そいでねぇ、本物のさ、十両もある小判ばねぇ、その犬の噛【か】んどったてぇ。

そいぎぃ、奥さんのその銭【ぜん】ば見たぎぃ、

「良かったなーい」ち言【ゅ】うて、羨ましがってねぇ、

「お前【まい】さんしゃが十両も銭ばくいたないば、

私ゃお前さんの主人じゃっけん、もっと、たんとくるっに違いなか。

そいぎぃ、私【わし】もさい、明日【あした】は猫山さにゃ、

その猫に、家【うち】ん猫に会【や】うあぎゃ行たてみゅう」ち言うて、

下女に道順ば聞いて、山ん方の一軒家さい出かけんしゃったて。

そいぎぃ、やっぱい、ズウッと行きよんしゃったぎぃ、

一軒家のあったてじゃっもん。案内ば乞うたぎ婆さんが出て来て、そうして、

「あの、ここは人間の来【く】っ所【とこ】じゃなかいどん、

まあ、一晩泊まんなされー」言うてくれたので、泊まんさったて。

ところが、真夜中です。

猫がゾロゾロ、ゾロゾロその奥さんの寝とんさっ所にやって来てねぇ、

どの猫でん爪ば立てて、もう猫は全部【しっきゃ】あがかいで跳びかかって、

とうとうそいからが、いち殺【これ】ぇたこっちゃい、いち食うたこっちゃい、

奥さんは家【うち】へはとうとう帰んさらんやったて。

そいばあっきゃ。

〔二三一 猫又屋敷【AT四八〇    cf.AT四三一【類話】】
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P208)

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