嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしねぇ。

上方参【みゃ】あさい行きんしゃったあ、山のおんちゃんのね。

嬶さんも子供の待ち草臥れとっばーい、と思うて、

帰い道ば急いで来おんしゃったあーて。あったいどん、

日の早【はよ】う暮れたじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、山道は何処ばどう間違うたいろう、行たても行たても山ん中で、

太【ふと】か木ばっかい茂って真っ暗かった。

ぎゃん山ん中【なき】ゃあ泊まらんばなんみゃあかあ、と思うて、

太うか木の下ゃあ腰ば下ろして、ああ、ほんに泣きたかことあんにゃあ。

何処【どけ】ぇ家【え】もなか、灯りも見えん、と思うとったぎぃ、

背中のみやげどん、こう下【おれ】ぇてションボイしとんしゃったぎぃ、

向こうの方の谷にねぇ、灯のぼーっと見えたて。

あら、あつけ灯のあんない、何処じゃい人の住もうといなっばーい、

と思うたもんじゃい、急に元気が出て、

「あすこまで行たてみゅう」

ち言【ゆ】うてまた、おみやげどんヨッコラサっと背負【かる】うて、

そうして灯を頼ってそこさい行きんさいたて。

あったぎねぇ、そけぇ太―か家【いえ】のあったてばい。

門構えした太か家【いえ】じゃったあ。そいぎぃ、

ドンドン、ドンドン門ば叩【たち】ゃあたぎぃ、

ギーッて門の開かったもんじゃっけん、

「ごめんなさい。私【あたし】はもう、山ん中の道に迷うて、

ちょっと道に迷うて困っとっ。今夜一晩、どうーか泊めてくんさい」

て言うて、頼んだ。あったぎぃ、その女の人のね、

「どうぞ、どうぞ」て、言うてくいた。

ああ、良かったあーと思うて、広か部屋に座っとたぎねぇ、

ズボンでん着物でん泥だらけになっとったあて。

そいぎその、女の人のお茶どんじき持って来てくんさった。

そうして、やっと落ちついて、

「夜も遅かけど腹減っとっけんなあ、

何【なん】でん良かけん食べさせてくんさんみゃあか」

ち言【ゅ】うて、頼んだぎぃ、鰯の頭とご飯とついで、鰯の頭とばい、

ご飯とそいしこ持って来てくいたて。

あいどん、鰯の頭でん美味【うま】かったて。

そいで残らんごと、おんちゃんな食べらしたちゅう。

そうして、もう寝ようと思うたぎぃ、モゾウモゾウして体の痒【かゆ】かて。

ほんに何か体が痒くて寝られんもんじゃっけん、

「ちょっと」ち言うて、前に来た女の人ば呼んだぎぃ、

「私【わし】なあー、もう汚れたくって旅着を着て、

風呂にも入っとらんけん、

風呂に入りたいが、どうじゃろうかあ」ち言うて、頼んでみたぎぃ、

「あら。まあーだ風呂沸いといますばーい」て、言うてくいた。

ああ、良かったあ、と思うて、着物どん脱ぎおったぎぃ、

「ごめんなさい」ち言うて、ヨボヨボのお婆さんが部屋に来たちゅうもん。

そして、おんちゃんば一時【いっとき】、

こうジロジロジロ見おったて。そして、

「実は、私、あんたを良【よ】う知っとりますばい。

あんたは私を知っとんさんみゃいどん、こかあー人間の泊まっ所じゃなかとう。

猫の家じゃん。風呂入いんさっぎぃ、体中、毛の生えて、

あんさんな猫になってしまうばんたあ。もう、風呂に入っとは止めたが良か」て。

「こけぇは泊まらじぃ、早【はよ】う逃げて行きんさい。

うち殺さるっばい。早う行ったが良かあ」て、

こがん言んさった。そして、

「実はなあー、私【わし】はあんた方の隣の三毛猫ばい」て。

「暇ん時ゃ、お前さんの家【うち】来ちゃあ、

あんたに、膝にいつも寝転びよったもんなあー」て。

「あいどん、ぎゃん年取って、もう弱ったあ。

もう、ここに来てから五年もなったですよう。あんさん、

ぎゃん言ううち早う逃げんさい、教【おし】ゆっけん」て。

「ほんなこて、うち殺さるっ。私ゃもう、年のいったけん、

もうぎゃんこと教ゆっぎぃ、酷かめ合うぎ良かもん」言うて、

その言んしゃったあ、教えてくいた。

そいぎねぇ、もう着物【きもん】どまひっ抱えたごとして、外さん出て。

そいぎぃ、お月さんの幸い出とったもんじゃけん、お月さんの光いで、

一目散に山ん中を逃げらしたて。あったぎぃ、後ろから、

「待てぇ。待たんかあー」ち言うて、女の柄杓持ったい、

斧持ったいして、何人でん女の追いかけて来ってじゃんもん。

そいぎぃ、おんちゃんな、もうぎゃん怖【えす】かことはなかとばってんが、

山ん中ば滅茶苦茶に一生懸命に逃げらした。

そいぎ最後にね、湯ばパーっと女の引っかけたぎぃ、

おんちゃんの胸の辺【にき】ねぇ、湯のかかったぎぃ、

足の指と胸ん辺【にき】湯のかかった所ね、

猫ん毛のゴチャゴチャゴチャと生【お】えとったて。

そいから二日目のまた、我が家【え】さい帰らしたぎねぇ、

「お父さん、なし、ぎゃん毛の生【は】えてきたねぇ」て、

家【うち】の者【もん】の言うた。そいぎぃ、

「実は、こうこうこういう訳で、隣【とない】の三毛猫から助けられた。

『ここは猫ん家じゃっけん、早【はよ】う逃げろ』て、言われたけん、

もう恐ーろしか怖【えす】かばっかいで逃げて来たいどん、

そいでも女の子どんが二、三人じゃい、四、五人で追っかけて

『湯ばいっかくっ』ち言うて、来た。

そいでかかったところに、ぎゃん毛の生えたあー。

ぎゃん一生のうち恐ろしかとの目に合うたとは初めて合うたやったあー」て言うて。

そいばっきゃ。

〔二三一 猫又屋敷【AT四八〇、cf.AT四三一】【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P207)

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