嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

田舎のお寺に、和尚さんがひとりおったちゅう。

小僧さんも持たんでもう、小さいお寺だったてっじゃんもんねぇ。

そいで丘の上にあったぎぃ、

お葬式の立派な葬式どまズウッと下ん方の道ばっかい

そのお寺さんには寄らじ通り過ぎて向こうばっかい、ちぃ【接頭語的な用法、ツイ】行きんしゃって。

お葬式の、良か葬式の。

小さいお寺の和尚さんはねぇ、猫ば恐ろしか大事に可愛がって育ておんしゃったて。

猫と和尚さんと二【ふ】人【ちゃい】。

坊守りさんも死んで、誰【だーい】もおらんでねぇ。

もう荒れ寺に和尚さんと、その猫と二【ふ】人【たい】おっ。

そうしてもう、檀家もたった十五軒あったとの、もう八軒ばかいなってねぇ、

しょっちゅう細々と暮らしおんしゃったてぇ。

そうして、今日もお縁ば開けて掃除ばして、庭どん掃【はわ】きよんさったぎぃ、

また立派か葬式の向こん方から見たぎぃ、棺舎【かんじゃ】ちゅうとば担【いの】うて、

行列の男が沢山【よんにゅう】つんのうて、行列の通いよってじゃんもんねぇ。

皆、そのお寺ば通り越してばっかい行きんしゃって。

「今日もお葬式はあいおっけど、うちではなかあ」て、和尚さんが呟【つぶや】いたら、

その可愛がっとった猫の、

「和尚さん、悲観すっごといらんよ」と、言うたけど、

「いよいよ、こけぇはおらんけん、京都の本山に雇われて庭掃除しぎゃあないとん行くけん、

お前【まい】も何処【どこ】さいないと行くぎぃ。

もう、ここのお寺も、たった八軒じゃたっていかんけん、

私【わし】もねぇ、京都さい雇われぎゃはって行こう」て、

和尚さんの、もうガッカリして、シオシオとその猫に語んさったちゅう。

そいぎねぇ、語んさったぎぃ、その猫が言うには、

「和尚さん、あんたとおってが私はいちーばん良かっ」て。

「今まで大事にしてもろうて、ぎゃんしてここで暮らしたけん、ま一時【いっとき】辛抱しておいござい。

今度はねぇ、あんたがいちばん良か和尚さんになしてくるっ」て言う。

「猫の分際でどがんしてなしゆんねぇ」て。

そいぎ猫の、

「まあ、任【まか】せんさい」て、こう言うたそうです。

そいぎぃ、きしょくなことば言うねぇ、と和尚さんが思うとったら、

その日もきれーいか恐ろしか金持ちさんのお葬式の下の道ば、

向うからやって来たてやんもんねぇ。

そいぎぃ、

「あのお葬式、ここの下ん方の道ば通って行くけんねぇ。

和尚さん、あの、私が、あんたば呼ぶけん、かけーて来【こ】んばよう。

急いで私が呼うだら来【き】んさいよっ。必ず私が、あんたの良かごとすっとじゃっけん」て、

言うたから、

和尚は、

「よし、よし。承知した」

猫は、

「忘れじおんさいよっ。『ニャーン』て言うぎぃ、来【こ】んばよう」て言うて、

念押して行ったそうです。

そいぎぃ、ズウッと行って西ん方のお寺でお葬式のあるごとなっとたそうです。

そいぎぃ、

お葬式の西のお寺の庭に着いて三遍こうねぇ、

回【まわ】っそうですもんね【昔ゃ左【ひだい】回いに死んだ者が家さい帰らんごと三遍回っ】。

三遍回ったらね、棺舎のですよ、ヒョーッと上さんちい上【あ】がったて。

そいぎもう、大勢のお供人も、野辺の供して来た人達も、「あらーっ」て言うて、

ビックリ色は失のうてぇ、

「空さいちぃ上がったあ」

そいぎぇ、この猫がさ、自分を可愛がってくれた和尚さんに言うことにゃ、

「私が呼うだら急いで来【き】て、

お経ば『ナムトラヤノトラヤノヤ、ナムトラヤノトラヤノヤ、ナムトラヤノトラヤノヤ』て、

三遍言いござい」て。「そいぎ神通力のあっけん」て、

こう教えとったそうです。

そいぎぃ、「ニャーン」て、声の響いてきたもんで、

そいぎ和尚さんな、あの、今のう行かんばらんばいと思うて、もう衣どんひっかけて、

オロオロして「困ったにゃあー」て。

「困ったにゃあー」て、呟【つぶや】きおっ時、天上から声のしてねぇ、東ん寺まで聞こえたて。

「東ん方の坊さんば呼うで来【き】ござい。

そいぎぃ、立派にお葬式のできます」て。

「あの東ん方の和尚さんしか、土に戻すことはできん。

天上まで上がったとはでけんでけん、早【はよ】う呼びんさい」て、声のしたて。

そいぎいもう、和尚様は迎えぎゃ急いで昼中かけて行たてねぇ、

和尚さんの手ば両方【じょうほう】からつにゃあでかけて来たそうです。

そして和尚さんが、数珠ば持って、

「ナムトラヤノトラヤノヤ、ナムトラヤノトラヤノヤ、ナムトラヤノトラヤノヤ」て、

こう拝みんさったぎぃ、不思議にシュルシュルシュルって、降りて来たと。

そしてまた、天から声のして、

「あの東のお寺の和尚さんは、大僧正」て。

「ここん辺【たい】ないような立派な和尚さんだから、この力があります」て、声のした。

そいぎぃ、お葬式に集まっとった人達は、皆恐れをなして、

「へぇー」て、和尚さんに言うてね。

そいから先はねぇ、西のお寺には行かんで東のお寺ばっかい葬式のあって、

「大僧正ないば沢山【よんにゅう】包まんばらん」ち言【ゅ】うて、余計お布施ば上ぐっごとなって、

もう和尚さんと、その猫は長ーく仲良く、お寺も栄えて暮らすことができたそうです。

チャンチャン。

[二三〇 猫檀家【cf.AT一五六A】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P206)

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