嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしはねぇ、郵便屋さんのことを飛脚て言いよったよう。

誰【だい】からでん手紙ば頼まるっぎぃ、そいを後ろん方に担【かた】げて、

もう、こっちの村からあっちぃ、山を越え野を越え、

飛脚さんがお手紙を運びよったて。

そいでもねぇ、

昔、山越えが多かったもん。

山に行くぎ山賊が出てみたい、狼の出てみたい

恐ろしか目もほんにあいよったけど、

この飛脚さんは何故【なし】じゃい、ほんに運の良【ゆ】うして、

「そんな恐ろしい目には一遍も合わんじゃったあ」て、言んしゃったよ。

ところが、ある日のこと、

この深か山を越ゆっ時は泊まって行くけど、大急ぎで届けんばならん、

あの、用事のごたっと思うて、

急いで夕方の山をいっちょ越えんばらん、と思うとったら、

そこの山には、

特に狼の恐ろしかとの沢山【よんにゅう】おるて、聞いとった。

ズウッと頂上ん辺【にき】行ったら、大きか狼の、

そこを通らんばらんのに道の真ん中におって、

つっ【接頭語的な用法】立っとったて。

あら、狼に今までおうたごとなかったどん、狼おうたよう、と思うて、

その飛脚は、ズーンと、気味悪くて

何【なん】じゃい水いっかけられたごと怖【えす】かったいどん。

そいどん、

ここば越えて行かんばどがんしゅんなか。行く先なかー

と思うて、恐る恐るドンドン狼の側に近寄ってみたら、

何【なーん】か知らんけど、トロッて目はして、口はアーンてして、

前の手で口の中でこういう、かすりよって。

こりゃ、何【なん】じゃいあっとばいねぇ、て思うて、

飛脚さんな近くに寄って行ったが、

襲いかかって来【こ】ようともしないてじゃもん。

良うー眺むっぎぃ、その飛脚さんの見おったらねぇ、

口ばっかい手ばやるから、不思議に何【なに】かあるかなあ、

何【なん】かできもんのできとっかなあ、と思うて、眺めよって、

いよいよ側に寄っても襲いかかって来【こ】ん。

余程【よっぽど】何【なに】かあるばいねぇ、と思うたので、

「ああ」て、口ばした。

ああ、口の中に何【なに】かあるとよ、と思って、飛脚がこうして見た。

どうも手にばっかい、あの、右の手、左の手も口にやる。

口に何【なに】かあると思うて、その、右手挙【あ】ぐっもん。

その、自分の仕事の道具も側に置いて、こうこう見よっ。

口を良【ゆ】う、こうして見よっと、

奥の方に何【なん】かはさまっとったちゅう。

そいぎぃ、手を出そうとしたら、こう口を塞ぎもせん。

奥に手をやったら、奥の方に大きな刺【とげ】が引っ掛かっとって。

「ああ、お前【まい】。この刺で痛かったとねぇ。

さあ、チョッと辛抱せろ。チョッと我慢せろ」て、人間にいうごと言うて、

ウーンと力入れて、その大きな刺を取ってやったら、

狼はスカッとしたようで、首をうなだれてお礼をせんばっかいして、

森の中に消えて行ったて。

ところがねぇ、この飛脚さんはそいから先ゃあね、

山賊どんが何【なん】じゃい金目の物【もん】ば運びよりゃすんみゃあか、

と思うて、ゾロイ寄って来っけど、

狼が、そぎゃん時にゃ出て来【き】て追い散らかすて。

「確かあん時、刺のささったとを取ってやった狼が、

お礼の代わりにあんなに守ってくいよっとじゃろう。

この飛脚さんいっちょは、いっちょでん恐ろしか目におうたことなかー」

て言うて、話しんしゃったあ。

人もねぇ、親切はしてやらんば。

また動物にでん誰【だれ】ーでん親切をしてやっぎ嬉しか恩な忘れんとよて。

そいばあっきゃ。

[二二八 狼報恩【AT一五六】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P204)

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