嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしはねぇ。

人間ば取っていち食う山ん姥の山【やみ】ゃあおったて。

そいぎぃ、恐ーろしかふうけとらすとの、

樵さんの白豚ていわるっごと肥えたとの、木どまノンビリ朝から晩まで、

鋸【のこ】ば挽【ひ】きよんしゃったちゅうもん。

山奥に行って木ば切り倒しよんしゃったて。

そいぎぃ、

その山の木を一本切り倒し、二本切り倒ししよんさったけど、

今日は仕舞【しみゃ】あ仕事でまあ一本切り倒すぎ良かもん、

と思うていたが、

「もう帰ろうやっかあー」て、お友達の言んしゃったいどん、

「帰って良かばーい。遅れて帰っけーん」て、

その豚んごと肥えた男は一人【ひとい】残って。

そうして木ば切り倒【たや】あて、もう日暮れ時なったて。

「ああ、スカッとした。仕事もすんだ」て言うて、

山ばテクテク、テクテク下って来【こ】らしたぎぃ、

ちょうど山の坂道を降りきった所で、きれーいか娘の、

「こんにちはー」ち言【ゅ】うて、丁寧にニコッとして、

お礼をしんしゃってやもんねぇ。

フーン、見たごともなかいどん、

俺【おれ】、礼どんすっ女【おなご】のおったにゃあ、と思うて、

ほんに得意になって嬉しゃしんさったて。

そいぎぃ、

「こんにちは」ち言【ゅ】うて、その人【した】んが、

「ほんにすまんばってん、こっから十里ばっかい先に、あの、

私の弟がおんもんねぇ。

そいけん、

こいば届けてどまくんさんみゃあかあ」て、言うたて。

手紙ば差し出したて。

「中を見て良かろうかあ」と聞いたぎぃ、

「字ば書【き】ゃあとっばってん、あんた、字は知らんとやろうだい」て、

娘はその男が字ば読みえんとも知っとったちゅう。

そいどん、中ば確かに何【なん】じゃい手紙の入っとろかにゃあと、

開けてみたいどん、何じゃいこう書【き】ゃあちあっごたいどん、

何【なーん】も読みえんもんだから、

犬【いん】の銭【ぜん】見たとと同【おな】しこと。

また元【もと】んごーと入れといた。

その娘さんは、

「しめ、しめ」て言うて、笑【わり】んしゃたて。

そうして、

「どぎゃんこってん、必ず届けてくんさいの」て、念を押しんさったて。

「承知しました」て言うて、「バイ、バイ」て言うて、

別れて行きおんしゃったて。

そいぎぃ、

もう十里ばっかい行くない、

遅【おそ】うなっついで家【うち】帰ろうよいか、

もう早【はよ】う、こい、

もう仕事もすんだし、手紙を届けてから帰ろうかと思うて、

その若【わっ】か者の家ヘテクテク歩いて行きよったぎぃ、

向こうの方に行きよんさっお坊さんと道連れなっちゅうもん。

「ぎゃん、夕方にしかけて、お前【まい】さん何処【どこ】へ行くとう」

て、言んしゃったぎぃ、

「私ゃ、この手紙ば十里ばっかい先の人に届けてくいろていう、

言つかい物して、この手紙ば届けに行きよっ。

そいから家【うち】帰ろうで思うて」て言うた。

「そいぎぃ、その手紙は

何【なん】じゃい用【ゆう】事【じ】は書いてあっとや」

「知らん。中ば見たいどん、字ば知らんもんけん、

何【なん】て書いちゃっかわからん」て言うた。

「どらー」ち言【ゅ】うて、和尚さんが見てみんさったて。

そいぎぃ、

その手紙には、

「この男はよく肥えているから、取って食え。美味【おい】しいぞ」て、

書いちゃあった。

「あーん」て、その和尚さんな身震いしんさったて。

こりゃあ、山ん姥から言つかったとばい、て思いんさったて。

第一ドキドキして、

「誰【だい】から言つかって来たやあ」

「きれーいか娘嬢から言つかってきたあ」

ほんに、馬鹿も休み休み、ぎゃーんまた結構にふうけとっぎぃ、

困ったもんにゃあて、和尚さんは思いんさったて。

「そいぎぃ、どら、貸【き】ゃあてんさい」ち言【ゅ】うて。

「良かよう」ち言【ゅ】うて、貸しんしゃったぎぃ、

その手紙は目の前でパリパリパリって、破んしゃったて。

「あーりゃあ。そりゃ、手紙じゃっけん、破ことなんじゃったとけぇ」

「同【おな】しことば書【き】ゃあてやる。そいぎ良かあ」

て言うたもんで、安心して、

そのうすのろだもん【馬鹿者】だから、承知したですって。

そうして、懐【ふところ】から紙を出【じ】ゃあて和尚さんは、

「この男が、姉さんのためになって遠方来たから、小判二枚やれ」て、

書きんさったて。

「小判二枚やれ」ちゅうところ、太か字で書きんさったて。

そして、

「こいば渡すぎ良かもん。うまいこと書【き】ゃあたよう」て、

和尚さんは言んしゃったて。

そいぎぃ、その何【なーん】も字知らん男は、可愛そうにもう、

【そいどん、ほんに良か人と出会うて良かったわけですよねぇ。】

ああ、まあ、早【はよ】う届けて帰ろうで思うて、行きんしゃったて。

そいぎぃ、

十里ばっかいの山に差し掛かったぎもう、

山の入り口に恐ろしか背の高【たっ】か縦横太か男の立っとったて。

そうして、

「姉さんから手紙は言つかって来たどん、お前【まい】さんやろうかあ」

て、言んしゃったぎぃ、

「そうだよ」て言うて、早速手紙ば渡したぎぃ、

「どらー」ち言【ゅ】うて、じき手紙を受け取って、

パラッて開【ひり】ゃあて、何遍でん見て、顔も見てしおったぎぃ、

変な顔ばしたて。何【なん】かげせんような顔ばしよったて。

そうして、

「チョッと待っとれぇ」て、そいも不機嫌に言うて、

小判ば二枚紙に包んで、

「ほらー」て、ほたい投っごとして、その男に渡したて。

そいぎぃ、その男は、

「お坊さんのもっと先まで行きんさっとやろう」て。

お坊さんは、そいば見届けてから、自分はもっと先へと道ば急ぎんさった。

そいぎぃ、

そのうすのろの樵さんは家【うち】に帰って、

小判二枚貰【もろ】うて、

「今日【きゅう】は、お駄賃じゃなかったいどん、

手紙の使【つき】ゃあしたぎぃ、小判ば二枚貰【もろ】うたあ」て、

家【うち】の者【もん】に見せて喜んだて。

しかし、悲しいかな、

字ば知らんばっかいに和尚さんに会うたとが良かったけど、

あの手紙にはこの男は美味【うま】そうだから取っていち食えと、

書いてあったて。

ほんに勉強ばせんばねぇ、字は知っとらんぎ世の中、真っ暗ですって。

そいばあっきゃ。

[二二五 沼神の手紙【AT九三〇、九一〇K】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P199)

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