嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ひとりの男が、ズウッと歩いて旅しよんさったて。

そうしてねぇ、小【こま】ーか橋ば、こいから渡ろうとしよんしゃったぎぃ、

「もしー、もしー」て、言う者がったちゅうもんねぇ。

あらっ、俺【おい】がことかにゃあ、と思って、立ち止まったと。

そいぎ、

きれーいか女の人が橋ん上に来てねぇ、

「この次の橋に行きますと、

私の妹がおりますからこの手紙を渡してくれませんか」ち言【ゅ】うて、

頼んだちゅうもん。

そいぎぃ、そん手紙ば受け取って、

その男がズウッとまた、旅をして行きおったら、

知らん者【もん】から頼まれて、この次にほんなこて橋のあろうかにゃあて、

ほんに心配になって、飄々【ひょうひょう】として行きよったて。

知らん者から頼まれて気味の悪かにゃあ、と思いよったて。

そいで、どうーも優れん顔して行きよったぎぃ、ズウッと行きよったぎぃ、

また旅しおっお坊さんに出合【でお】うたちゅうもん、その人が。

そいぎぃ、

坊さんなじきその顔色ば見て、

「お前【まい】さんな、

何【なん】じゃい世話ぜわとして考えて行きよっ顔だなあ」

ち言【ゅ】うて、顔を覗きよんさって、

「どうしましたあ」て、聞きんしゃったて。

その男は、

「いや。どうもしません」て、言んしゃったて。

「いんにゃあ。何【なん】じゃい世話ごとのあっごとしとっよう」て。

そいぎぃ、

坊さんじゃんもん、良かろうと思うて、

さっきの橋でのことば話【はに】ゃあたちゅう。

「さっきねぇ、この橋ば来【き】おっ時、手紙ば頼まれましたさい。

どうも知らん女【おなご】から。

そいけん、

不思議かったもんじゃっけん、止まって、ブツブツブツって言って、

手紙ばこけぇ持っとっ」と、言うたて。

そいぎお坊さんが、

「そう。頼まれたてぇ。

そうやあ、そいぎぃ、良かぎその手紙ば私に見せてくれんですかあ」て、

言んしゃったけん、

「ほら。こいですたい」ち言【ゅ】うて、

自分は字も知らんもんじゃいけん、坊さんに読んでもろうたてぇ。

そいぎぃ、

じき坊さんなスラスラっと読んだところが、

「あらー、大事【ううごと】。

こん手紙にはさ、

『この男は若【わこ】うして美味【うま】そうじゃあ。

頭からない、足からないとん取って食え』て、

ぎゃん書【き】ゃあてあっばい。

大変なこっじゃよ。お前【まい】さんの命を狙【ねら】われとっとばい」

て言うて、坊さんの言んしゃったぎぃ、

「そう。怖【えす】かねぇ」て、言いよったぎぃ、

「良か、良か。世話せんで良か。俺【おい】が手紙書き換えてやっけん」

て言うて、我が懐から矢立てどん出【じ】ゃあて、

墨黒々とベラベラベラーって、書きんしゃったて。

そうして、

「今日、私【わし】が書【き】ゃあた手紙はばい、

『こん男には大変世話になった』て。

『そいけん、金を沢山やってくんろ』て、書いた。

こいで、良かろう」て言うて、また元んごと入れて男に持たせたて。

そいぎぃ、男がズウッと行きよったぎ橋があったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、そこさい来たぎ若【わっ】か娘がもう、待っとったてぇ。

行たい来たいして、そうして、そこの橋ん辺【にき】来たぎぃ、

じき寄って来たて。

そいぎ、男は、

「手前の橋からこん手紙を頼まれましたばーい」て言うて、渡したて。

そいぎぃ、その娘はソワソワして開けて読んだて。

そうして、読みよったうちにね、

眉ば寄せて険しか顔になったちゅうもんねぇ。

あらー、気に入らんじゃったとばいなあ、と思うて、

知らん振いしとったぎぃ、そん若か娘は、

「チョッと、お待ちなさい」て言うて、ジロッと見て、

何時【いつ】んはじじゃい【何時ン間ニカ】

きゃあ【接頭語的な用法】消えておらんごとなっとったて。

あい、魔物じゃったとばいのう。

じきおらんごといち【接頭語的な用法】なったあ、と思うて、見よったぎぃ、

ヒョッと見たぎ橋の上に、

今までに目【め】ぇかからんじゃったバサバサしたとば置いちゃってじゃん。

そいぎぃ、早速取り上げて見てみたぎぃ、

表【おもて】に「旅の人へ」て、書いてあったて。

そいぎぃ、ありゃ俺【おい】がことばいにゃあ、と思うて、

そいば、バシャアバシャア開いてみたぎぃ、

中に大判小判がいっぱい包んじゃったて。

「ああ、こいがあの手紙のお礼じゃったばいのう」ち言【ゅ】うて、

その旅の男は、またスタコラ旅をしたちゅう。

坊さんに会わんぎいち食わるるはずじゃった。

そいばあっきゃ。

[二二五 沼神の手紙【AT九三〇、九一〇K】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P198)

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