嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

山ん中に

恐【おっそ】ろしか余【あんま】いふうけ【馬鹿】てどまおんみゃあかと、

思うごと、正直者【もん】だったとの

ほんに貧しいか夫婦が住んどったちゅうもんねぇ。

そうして、

「今夜が年の晩ちゅうとこれぇ、お金は一銭もなかごとなったあー。

お正月はどがんしてしゅうかあ」て言うて、

ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ言いおったぎぃ、

爺さんが、

「盆な花柴どん売って暮らゃあたもんのう。

そいぎぃ、

正月どま門松どん売いぎゃ行くぎ良【ゆ】うはなかろうかにゃあ」

て言う。

そいぎ婆ちゃんが、

「そりゃ、良か良か。

そいぎ

爺ちゃん、門松どん売いぎゃ行たてくんさい。

そいぎぃ、

誰【だい】ないどん買【こ】うてもらうばい」て言うて。

「そいぎぃ」ち言【ゅ】うて、

爺さんな山に門松ば取いぎゃ行たて、

「門松はいらんかあ。門松はどうじゃあ」て言うて、

年の晩に声は嗄【か】れてお爺さんの売って歩きおったて。

そいどん、誰【だーい】も相手にしてくれじぃ、

「もう門松は早【はよ】う立てとっ。

ぎゃん、年のもう暮れの晩に夕方近【ちこ】うになってから

持って来【く】ん者【もん】のあんもんけぇ。

もうすんだ、すんだ」ち言【ゅ】うて、

誰【だーい】も買【こ】うてくるっ者【もん】のなかったて。

ありゃあ、俺【おれ】は運がむいとらんばいにゃあ、と思うて、

橋の上まで来て、

「この川に門松ば流【なぎ】ゃあてやっぎぃ、

竜宮の乙姫さん所【とこ】さい届きはすんみゃあかあ。

乙姫さんも正月どんはあろうけん、

こいば差し上ぎゅう」ち言【ゅ】うて、

我が担げてきた一束の門松ば全部【しっきゃ】あ、

その川さん投げんしゃったてぇ。

そいぎねぇ、じきさ、橋ん上、

今までに見たごともなかスラーッてした女【おなご】の出て来てねぇ。

そうして、

「ただいまは、門松は有難【あいが】とう。

乙姫様の私ゃ使いで、お礼言いぎゃ参りましたあ」ち言【ゅ】うて、

きれーいか女の言うちゅうもんねぇ。

「あら、そぎゃんこつ」ち言【ゅ】うて、お爺さんの言うとったぎぃ、

「この振り袖ばあなたに、あの、乙姫さんの贈んさってじゃっけん、

受け取ってください」て言うて、やったて。

「乙姫さんな、あの門松のこりゃお礼じゃっけん。

乙姫さんのやんさっとやっけん。どうぞ、どうぞ」て。

「そうかいなあ。ぎゃんきれいかとば貰うて良かろうかいなあ」

「そん代わりこのお金ば持たんぎぃ、

この振り袖ば、『プルンプルン』て振っぎぃ、

お金のなかぎぃ、お金のじき出てくっがなあ」て、

その女が言うたちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

「ああ、有難うござんした。

ほんに、こういう良か物【もん】ば貰【もろ】うて、有難うござんした」

て言うて、頭ば上げたぎぃ、

もうそけぇは女はおらじぃ、

きれいか振り袖ばその爺さんな持っとったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、爺さんな門松ば売いぎゃ行たいどん、

銭【ぜん】にならんじゃったばってん、

幾らないとん婆さんに銭ば持って行たてぇ、喜ばしゅうど思うて、

その袖ば振って、プルッ、プルッと振って、

「五両出ろう。五両出ろう」て、言うたぎにゃねぇ、

じき袂【たもと】から五両の金の出てきたてぇ。

そいぎ爺さんな、良かったにゃあ、ぎゃん良かとば貰【もろ】うて、

と思うて、五両のお金でさ、お酒どん、魚どん買【こ】うて

帰らしたちゅうよう。

そうして、婆さんにねぇ、

「ほんに、いい具合に年の取るっぞう。

酒も買うて来たあ。魚も買うて来たあ」て言うて、

その爺さんな言んしゃったちゅうもんねぇ。

そうしてねぇ、納戸の隅の方に

きれーいか振り袖ば掛けとんしゃったちゅう。

そいぎねぇ、そうして年どん取ってから、

「今日は初仕事」ち言【ゅ】うて、

爺さんな何時【いつ】もんごーと山さい働きに行きんしゃったて。

そいぎぃ、婆さんな家【うち】留守しとって、

ヒョイとねぇ、納戸さい行たぎ

今まで見たごともなかきれーいか振り袖の着物【きもん】の

掛けてあったちゅうもん。

そいぎぃ、

あぎゃん年取って、爺さんなあ、

ほんなこて何【なん】ていうこと、じゃろうかとビックイして、

女【おなご】どんこしらえとったとばい。

真面目かごたっふうばしとったばってんにゃあ。

ほんに歯痒【はがい】かにゃあ、と思うて、胸のムシャクシャして、

「幸い爺さんのおらんもん。

このきれいか振り袖つん燃せ」て言うて、

曲【く】突【ど】に持って行たてほいやって【投ゲ込ンデ】

燃やして仕舞【しみゃあ】いんさったちゅう。

そいぎぃ、お爺さんなそぎゃんこと何【なーん】も知らじぃ、

一日山で働いて帰って来て、

まあいっちょ、お金どん出してお婆さんば喜ばせてやろうかにゃあ、

と思うて、納戸さいこっそいと行たて、

ここん辺【たい】掛けたいどんにゃあ、

赤【あっ】か着物ば掛けたいどんねぇ、と思うて、

捜してみらすぎどん、何【なーん】にもそこに掛っとらんて。

そいぎぃ、婆ちゃんに聞いてみんばあー、と思うて、

「こけぇくさい、振い袖ば掛けとったとは知らんかい」ち、言うたら、

婆さんな返事もせん。

そいぎぃ、爺さんな、

「ああ、まあーだ銭の欲しかいどん、

無い袖は振られんにゃあ」ち言【ゅ】うて、

独い言どん呟【つぶや】あたてぇ。

そいばあっきゃ。

[二二三 竜宮童子【AT五五五】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P190)

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