嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

【こいも私の母がねぇ、私に語ったんですよ。】

雪の降ったてぇ、とてもそこは長者さんでね、お金持ちだったんだってぇ。

そいで雪の日に、

お縁側でお母さんは、まだ若いお母さんで、

お子さんがなくて着物を縫いよんさったら、チクッて針で指を刺して、

「あ痛」て、言んさったら、血がパーッと出て、

その雪の上に、赤い血がポトーッて落ちた。

まあ、可愛い。

こんな真っ赤な口唇をして。

そうして、お目の真っ黒な肌の真っ白な、こんな可愛い子供がいたらねぇ。

と、その奥さんは思いんさったて。

そいぎぃ、思【おめ】ぇーさったぎぃ、じきねぇ、赤ちゃんができて、

その年にきれーいなもう、

ちょうどそん時のような可愛い女の子を持ちんさったてじゃもんねぇ。

ところが、

そのお母さんは間【ま】もなく死にんしゃったちゅう。

そいぎねぇ、ちい【接頭語的な用法】死にんしゃっぎねぇ、

その長者さん所【とけ】ぇは、二番目のお母さんが来【き】んしゃったてぇ。

そいで、二番目のお母さんが来んしゃったぎねぇ。

また、その二番目のお母さんにも、女の子が生まれたてよう。

ところがもう、その二番目のお母さんは、

先妻の子がとても憎くて憎くてたまらないんですってぇ。

そいぎぃ、ある秋のこと、袋ば作ってやって、

「もう栗の実が落ちている頃だから、栗の実拾いに行きなさい」て、

言んしゃったて。

そいぎねぇ、姉さんの袋には大きな穴を底に開けとんしゃったて。

妹の袋は、あの、しっかい作ってあって、穴はなかったてよう。

そいぎぃ、

裏山にはもう、パラパラ、パラパラ栗の落とっとば拾うとったぎぃ、

妹の袋はじきにいっぱいになったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

「姉さん、いっぱいなったけん帰ろうかあ」て言う。

「私、まあーだ半分も溜っていないから、お母さんから叱られるから、

あんた、帰っとってぇ」て、言んしゃったて。

「私もいっぱいなると帰って来るから、あなた、先帰っとってぇ」て、言んさっ。

「そいぎぃ、お姉さんも早くいっぱいなして帰って来てねぇ。私は帰ります」

ち言【ゅ】うて、その、ちい帰んしゃったて。

そいぎぃ、お姉さんは、

早【はよ】ういっぱいならんかねぇ、独りぼっちなったあ、と思うて、

一生懸命拾いんさったぎぃ、

とうとう真っ暗う夜【よ】さいなったてじゃもんねぇ。

そいぎぃ、

困ったねぇ、夜にいちなったよう。ほんに、ぎゃん暗うなったぎ私は帰られん、

と思うて、もう、あっちにウロウロ、こっちにウロウロ、

帰り道を探しおんしゃったぎぃ、

ズウッと向こうの方に、ポチーッと明りが見えたちゅうもん。

あらー、あすこに明かりが見えて、誰【だれ】か住んどんしゃあ、

と思うて、もう藪【やぼ】でも何処【どこ】でもかきわけて、

その家に近づきんしゃったて。

そして、

「今晩はー」ち言【ゅ】うて、来【き】んしゃったぎぃ、

「誰【だれ】ー」ち言【ゅ】うて、出て来んしゃったとは、

年寄いのお婆さんじゃったちゅうもん。

「今晩一晩、ここに泊めてください。私ゃ、道に迷っております」て、

言んしゃったぎぃ、

「ここは、お前のごと子娘の来【く】っ所【とこ】じゃなかあ。

ここは鬼の家【うち】ばーい」て、言んしゃったて。

そいぎねぇ、

「そいでも、ここん先は山また山では、とても私は行かれません。

もう栗を拾っていたら、こんな夜になったから、どうぞ私を泊めてください。

もう、お願いします」て、泣くごと頼みんしゃったもんだから、

お婆さんが、

「そんないばあ、仕方なかたーい」て言うて、

「そいぎぃ、後ん方の押し入れの戸棚ん所に、お前【まい】ば隠そう。

そんかり【ソノカワリ】、

そぎゃんきれいかごとしとっぎねぇ、良【ゆ】うなかけん、

『婆【ばば】頭【ず】巾【きん】』ちゅうとのあっけん、

どうしゅう、まあー真っ黒かごとなっだとのあっけん、

こいば頭からスッポイ被っときんしゃい」

そいぎぃ、

そがん言うか言わんうち、

「早【はよ】う隠れんしゃい」て言う時、

ドヤドヤ、ドヤドヤ、表【おもて】に声のして鬼どんが帰って来たて。

そして、

「臭い、臭い。人間臭い。何【なん】か臭い。

人間がここに来【き】わせんじゃったろうかあ」て、お婆さんに言うたて。

「うぅん。人間のそこん辺【たい】ば通って、

向こうさいおろうちいて【急イデ】、駆けて行たごたったよう」て言うて、

お婆さんは嘘を言んしゃったて。

鬼どもは、

「そうなあ」て、言うもんで、

「お燗【かん】どんがちいて、

恐ろしゅーうお前【まい】達の帰って来っとば待っとたばーい」て、

お婆さんが機嫌とろうで言んしゃったてじゃもんねぇ。

そいぎぃ、

「人間の足ないば、まあーだ明日【あしちゃあ】までそこん辺【たい】、

ウロウロしおろう。明日捕【と】っていち食おうでぇ。

ああ、今から酒盛りだ、酒盛りだ」ち言【ゅ】うて、

お酒どんどっさいご馳走になって、もう酔っ払うて、

ゴローンとして、大きな鼾【いびき】ばかいて、その、ちい寝たて。

そいぎねぇ、

鬼どま朝の明くっとよい早【はよ】う、

「もう、さあ、出かくっぞう。あの、人間野郎ば捕って

いち食わんばらんけん【「いち」は接頭語的な用法。食ワネバナラナイカラ】」

て言うて、出かけたちゅうもんねぇ。

そしぎぃ、

隠れとんしゃった娘さんは、『婆頭巾』ちゅうとば被って、

ジイーッと、ガタガタ震【ふり】いておんしゃったいどん、

「出て来て良かばい。もう、夜の明けたけん、あんたも帰んしゃい」て、

言んしゃったて。

そいぎぃ、婆頭巾被ってズウッと行きおんしゃったぎぃ、

ちいっと【少シ】行きんしゃったぎぃ、もう一丁ばかい行た所に、

鬼どんが四、五人焚火しおったてじゃんもんねぇ。

そうして、

「あら、人間の臭かあ」ち言【ゅ】うて、振り向いたけど、

「ありゃあ、しわくちゃ婆たーい【シワガイッパイアル婆ヨ】。

あぎゃーんとば食うたてちゃ美味【うも】うもなか」ち言【ゅ】うて、

そいから先は見向きをせんじゃったから、鬼どんの所【とこ】ば通い過ぎて、

ズウッと行きんさったいどん、こりゃあ、一晩も他所【よせ】泊まって帰っぎぃ、

継母さんからどぎゃんお仕置受くっかわからん。

もう、家【うち】には寄らんで何処【どこ】にか働こう、と思うて、

その娘さんは、婆頭巾ば被ったまま、ズウッと歩いて、

野を越え山を越え、山を越え野を越えして行きんしゃったて。

そいぎぃ、ズウッと町んごたっ所に太か庄屋さんごたっとのあったあ。

そいぎぃ、

そこん辺【たり】ぃ沢山【よんにゅう】人の

ウロチョロウロチョロして働きおっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

裏門の所さい行って、

「私は旅の者【もん】ですが、こちらに仕事があったら何【なん】ないとん、

私に仕事をさせてください」て、お願いしんしゃったて。

そいぎぃ、

「ここは五十人ばかい使われといどん、チョッと仕事のなかけど、

風呂焚き人が、この間【あいだ】年寄いが死んだけんが、

風呂焚き人が不足しとっごたっー。

チョッと待ってぇ。あの、聞いて来【く】っけん」ち言【ゅ】うて、

その、裏門の辺【にき】おった者の家【うち】ん中に入【はい】って、

主人に尋ねていたごたったふうじゃったて。

そうして、

「風呂焚きばしてくるんない良かてばい。雇うて良かてぇ」ち言【ゅ】うて、

来たから、

「風呂焚きでん何【なん】でん結構です」て言うて、

その女はそこで真っ黒なって、それからは風呂焚きじゃったてぇ。

ところが、

その庄屋さんの家【うち】には、一人【ひとい】坊っちゃんがおって、

「家【うち】のたった大事な一人息子だから、学問もさせならん」

ち言【ゅ】うて、朝はお供人がついて行たて学問しぎゃ行きんさって。

そして、

学問が終わっぎ帰って来【き】おんさったて。

その帰って来【き】んさっ時はもう、日暮れ前じゃったて。

そして、

婆頭巾ば被っとる娘さんは、何日でんそこで雇われて

長いこと風呂焚きばあっかいしおったて。

そいぎぃ、

ある日のこと、お祭いがやってきて、

皆今日【きゅう】は昼から仕事はせんで、

お湯どん早【はよ】う沸【わけ】ぇて誰【だい】でん入った。

そいぎぃ、いちばん仕舞い風呂に、

「私もそいぎぃ、お風呂に入りましょう。

戴きましょう。お風呂を戴きましょう」ち言【ゅ】うて、

その婆頭巾を被ったとを取って、その、先妻の娘さんはお風呂をいただいて、

きれいになって自分の部屋に夕方遅うに、髪をこう、櫛けずいよんしゃったて。

そいぎぃ、その頃に帰られたその若さんが、

お勉強から帰り際に、チラッとその娘さんばちい見んさったぎぃ、

今まで見たこともなかごたっ、

肌ちゅうぎ雪んごと白うして、目は真っ黒パッチリして可愛い、

そいこそもう、可愛い女の子が納屋に髪すきよったて。

そいぎぃ、

しばらく立ち止まって、ウットリその人を見おんしゃったて。

そこから、何【なん】か知らんけど翌日から必ず、

学問所から帰って来っ時ゃその、納屋ん方ば見んしゃいどん、

二度とそいがその姿を見っごとのなかったちゅう。

そいぎぃもう、そいから四、五日しんしゃったぎぃ、

その若様は熱出【じ】ゃあて病気しんさったて。

そいぎぃ、

「医者よ。薬よ。さあ、お呪いだあ」て言うて、

内輪ん者の恐ーろしか心配して、ご飯も食べん日に日に痩【や】せて、

これはもう、死ぬかわからん、ちゅうごと心配ばしおんしゃったて。

そいぎぃ、

「占いに頼んでみたら、

何【なん】の病気じゃいわかりゃあすんみゃあかあ【ワカルカモシレナイヨ】」

て。

医者さんは、

「病気は何【なん】もなか」て、言んさっ。

そいぎぃ、占いさんが呼ばれて来たて。

そうして、占さんが、こうして見てみたら、

「これは恋の病気」て。

「しかも、その恋している人は家【うち】ん中【なき】ゃあおる」て言うて、

帰んさいた。

そいぎぃ、

「恋の病気ない、女【おなご】じゃろうだい。

そいぎぃ、家【うち】の雇い人は女どま全部【しっきゃ】あ集めてみゅう」て、

言うことで全部あ女どま来て、

「あの、ここに、若さんにお茶ば持って来い」て言うて、言んしゃったて。

そいぎぃ、移い代わい移い代わい、お茶ば持って来たて。

若さんなもう、目も開きゅうごとあんしゃらん。

ジロッて、一遍見んしゃっばかいて。いっちょん熱も下がらん。

そいぎぃ、

「家【うち】ん中【なき】ゃあ、

誰【だーん】も若さんの相手【やあーて】はおらんたい」て。

そいぎぃ、

「女ちゅうぎぃ、年寄【としお】いの婆【ばば】が一人【ひとい】おりなっ」て、

誰【だい】かが言うたて。

「あの婆も女のうちじゃろだい。

あいどんまさか、若さんの婆ば、ほんに恋しとんさっじゃろうかあ」

ち言【ゅ】うて、話しおったら、

庄屋さんの、

「婆でん何【なん】でん良か」て。

「とにかく、ものは試しやっけん、連れて来い」て、言んしゃったて。

そいぎぃ、

全部【しっきゃ】あの者【もん】が来て、

「お前【まい】、あの、庄屋さんのお呼びだぞ。

ちかった面【つら】ないとん洗うて立派にして行けぇ」て、言うたぎぃ、

婆頭巾ばプラーと取ったぎぃ、

そこから匂やかなきれーいか顔の出たちゅうもんねぇ。

「お前【まり】ゃあ、化けん皮被っとったとかい」て、

迎いぎゃ来た者の言うたて。そうして、

「そいぎぃ、顔どん洗うてんのう」ちて、洗うて。

そうして、「元【もと】着とった着【き】物【もん】ば、まいっちょ着替えろう」

て言うて、着物ば着せんしゃったぎぃ、

もう、ウットリすっごと、その全部あどまは

涎【よだれ】出【じ】ゃあて迎ゆるごと、見事きれいかったて。

そうして、若さんの所にお茶ば恭【うやうや】しく

茶ば持って来【き】んさったぎぃ、ヒューアッと見て、若さんの起き上がって、

「そのお茶いただくぞう」て言うて、飲んで、

「しばらく帰らんでおれ」て、言んさったて。

そいぎぃ、長者さん達も奥様も見て、

「こぎゃーんきれいかとの風呂焚きどんしおったとねぇ。

お前【まり】ゃ何処【どっ】から来たねぇ」て言うて、

もうそいから根掘い葉掘い聞きんさったて。

「もったいなかごときれいにしとって、風呂焚きどんさせてすまんじゃった。

これから家【うち】の若の嫁さんになってくれんかあ」て言うて、

皆から頼まれて。

そうして、めでたくそこの長者さん所【とこ】のお嫁さんになんしゃったて。

そいばあっきゃよ。

[二〇五A 米福粟福【AT四八〇+五一〇】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P172)

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