嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

村境にさ、土橋がかかっとったてぇ。

ところが、その土橋ば手前の村ん者も向こうの村ん者も、

いっちょん構わんじゃったて。

そいぎぃ、

とうとうその土橋は破壊【うっかん】げて無【の】うなったて。

そいぎぃ、

その川ば渡ろうじゃ舟でばし渡らんぎ行かれんごとなったと。

そいぎねぇ、

ところが手前の村に刀鍛冶屋がおったちゅうもん。

その鍛冶屋は、トッテンカン、トッテンカンて、いうて

朝から晩まで一生懸命働くどん、

いーっちょん金の溜まらじ貧乏ばあっかいしとったて。

そうして、その年も暮れになってしもうたて。

こりゃ、どうにもならんなあ。お金もなしにゃ正月も迎えられん、と思うて、

正月のちい来たもんじゃい、初荷【はつない】にこの刀ば売ってやろう、

と思うて、もう暗【くら】ーかうちから初荷に行くちゅうて、

その刀いっちょひっ提げて、その土橋のあった所【とこ】に来たちゅう。

そいぎぃ、我が後ろから、ハーア、ハーア、ハーアち言【ゅ】うて、

誰【だい】じゃいかけて来っちゅうもんねぇ。

一生懸命かけて来よって。

そいぎぃ、

振り返ってみたぎぃ、今まで見たこともない小【こま】―か子供じゃったて。

そいぎぃ、その刀鍛冶屋は子供ば呼び止めて、

「お前【まり】ゃあ、そぎゃんあせがって今から何処【どけ】ぇ行きおっ」

言うて、聞いたぎぃ、

「私【わし】ゃ、刀鍛冶屋さんに住んどっとう」て。

「貧乏神ちゅうとたーい。あいどん、どうにもならん。

あの刀鍛冶屋さんがさ、刀ば売っちゅうけん、

あの刀ば売って銭儲けどんすっぎぃ、あすけおられん、

急いで止めぎゃ行きおっ。ちい分限者になっもん、

あの刀ばちい売っぎぃ。止めんば、止めんば」

て、言うたいどん、その刀鍛冶屋のことやったいどん、知らん振りしとったて。

そいぎぃ、

「あの家におられん貧乏神」ち言【ゅ】うて、子供は喋ったちゅう。

そいぎぃ、知らん振いして、あぎゃん一生懸命働きよって、

幾ら働いても貧乏ばっかいしとったあ、

ありゃ、貧乏神のおったけんばいなあ、と思うて、

その話のついでにと思うて、知らん振いして、その子に、

「あげぇに働【はたり】ゃあても金ん溜まらんとは、何【なし】かねぇ」て。

「お前【まい】、知っとっけぇ」て、聞いたち。

子供の言うには、

「あげぇに、庭は草ボーボー。家は雨漏りは幾らしたっちゃ構わん」て。

「刀作っこといっーちょたい。

あぎゃん所【とけ】ぇ刀ば買【き】ゃあが来んもんな貧乏侍なっかいで、

刀ばとても高【たこ】うどま買わん。

あいどんさ、今日【きゅう】はその刀ばひっ下げて、

『売いぎゃ行く』ち言【ゅ】うたけん、

他所【よそ】さん売いぎゃ行くちゅうぎぃ、

あの刀の値打ちば知った者な見かくっぎぃ、高う買うもんなあ」て。

「そいぎぃ、あの刀売いがちい分限者になっけん、

私【わし】がおられんたーい」て言うて、その子供が喋っちゅうもん。

「うーん、そうかあ。貧乏神のあの刀鍛冶屋についとったとかあ」て言うて、

「家も庭もおんぼろじゃったもんなあ」て、言うてねぇ。

そいぎぃ、この刀は売らじぃ、帰ろう、と思うてさ、

「さようなら。バイバイ」て言うて、その子供は先さい行くちゅう。

自分は引っ返して来たちゅう。

そして、良く考えてみっぎぃ、

家の周りの自分の家【うち】の屋根の漏っても構わじぃ、

刀作いいっちょしよったとに、

ああ、こいじゃ貧乏神の好【す】くばっかい、と思うて、

そいからは正座して自分のしいゆっごと【デキルヨウニ】、

庭の草も取ってきれいになして、鍛冶屋は立派に刀を作いよったて。

あったぎぃ、良か侍ばっかいそいから刀買いぎゃ来て、

たちまちその刀鍛冶屋は金持ちになったあ。

そいばあっきゃ。

[二〇一A 貧乏神【cf.AT七五〇A】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P166)

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