嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

とても貧乏なお爺さんとお婆さんが暮らしおんさったちゅうもんねぇ。

そいぎもう、チョッと本当に売る物【もん】ちゅう焚物とか、

炭ば焼あた木炭とか、そんな物売って細々と暮らしおんさったちゅう。

「もうじき明日【あした】、お正月たんじゃん。

お爺さん、この陣八を町に売って来てください。

そいぎぃ、幾らないとんお正月の、楽しいお正月のさるっもん」

ち言【ゅ】うて、お婆さんの言んさった。

「そうねぇ。この陣八笠ば売って来ゅうね」て言うて、

お爺さんはイソイソ陣八笠を担いで町さにゃ行ったそうです。

ところが、

皆【みんな】年の暮れで忙っしゃ沢山通る人はあるけど、

陣八笠なんか見向きもせんで、

もう雪のチラチラ降るところにお爺さんは夕方まで、

「陣八笠っこはいらんねぇ。笠屋ー笠々。陣八笠はどうですかあ。

陣八笠いらんですかあ」て言うて、その辺【へん】ふれ歩いたけど、

誰【だーれ】も見ゆうでってんする者【もん】はなかった。

もう、いっちょん売れんねぇ、て泣きたか気持ちで重い足をひきずって、

お爺さんは帰って来【き】よったら、

向こん方にドッカと腰掛けて、木炭を道端に投げ出して座っている男がおって、

「私も木炭売いぎゃ来【き】たけど、売れん」て。

「誰【だーい】も買【こ】うてくりゅうで言わんけん、

また重【おふ】たかっとば担いで帰らんばと思うぎ泣こうごとある。

ここに座わっとるよ」

お爺さんも、

「私も笠売いぎゃ来たいどん、一枚も買【こ】うてくるっ者【もん】のなし、

売れんじゃった。銭【ぜに】ゃ何【なーん】も持たじぃ、

ぎゃんして帰おっ」て言うて、語んさったて。

「そいぎぃ、笠と木炭と換ゆうかあ。

そいぎぃ、私もちかっとないとん軽うして帰って良かあ」と、言うてねぇ。

そうして、木炭と笠と換えて、お爺さんが少し重かったけど、

辛抱して帰んさったて。そいぎね、

「たたいまー」て。

「お爺さん、今日は売れんやったろう」て。

「良か良か。何【なん】ないとん食うたあ、あんもん。

饑【ひも】じか目にあわじ良かよ。

お正月たんなもう、待っとらじも来てくんさっ。

お爺さん、ガッカイせんで良か」て、婆さんも言うて、

表【おもて】にお婆さんが出てみたら、木炭がそけぇあっ。

「お爺さん、こりゃ木炭どうしたのう。どぎゃんしたねぇ」て。

「木炭売いさんも、『いっちょでん売れん』ち言【ゅ】うとんしゃったけん、

その売れんじゃった笠と換【か】えてきた。換えっこしてきた」

「良かったたいねぇ。

木炭売いさんも笠なら軽うなって嬉しがって行きんさったろうもん」

「うぅん。嬉しがんしゃったあ」と言うて、話しおんしゃったて。

そして、おんさったところ、

「そいぎぃ、お正月用に木炭と換えてきたもん。

木炭ばヌクヌクと焚【ち】ゃあてあたろうかあ」て言うて、

もう、囲炉裏にいっぱい焚【た】いて、木炭ば沢山ついで明々と、

「ほんに、温【ぬっ】かとは良かのまーい。

ぎゃん温かとは良かのまーい。

銭【ぜに】ゃなしも体の温【ぬく】もって良かったあ」て言うて、

お爺さんとお婆さんとおったそうです。

そしたらねぇ、

何【なん】じゃ小【こま】ーかとの

ゾロゾロゾロって表【おもて】に出て行くそうですもん。

部屋ん隅からてん、土間の隅からてん、

何【なん】やろうかねぇ、と思うて、こう、二人【ふたい】見んさったぎぃ、

「ぎゃん温か所【とこ】は、暑か所においにっか、おいにっか。

早【はよ】う逃げんば、早う逃げんば」て、

貧乏神のゾロゾロ、ゾロゾロ。

その家から、

「余【あんま】い明るか、余い照る、余い暑か」て言うて、

みんな小【こま】か貧乏神のドンドン、ドンドン、その家から出て行たて。

そいから先が、そのお爺さんとお婆さんは、

ほんに調子の良【ゆ】う、

無事にほんにもう、困ることもなしに結構に暮らしんさった。

そいしころよ。

そいばあっきあ。

[二〇一A 貧乏神【cf.AT七五〇A】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P167)

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