嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 ある年の晩の話ですよ。

東の谷に恐【おっそ】ろしか貧乏なお爺さんとお婆さんが暮らしおったてぇ。

子供も持たんじゃったいどん、もうどぎゃん貧乏しとっても、

不平一つも言わじぃ、仲良う暮らしおんしゃったてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、年の晩にねぇ、お粥を食べて、

そうして、

「年どん取ろう」ち言【ゅ】うて、粥ば炊きんさいた。

そん時、家の前に一【ひ】人【とい】のみすぼらしい坊さんが、

「こんばんは。こんばんは。どうーか一晩泊めてくださいませんか」

て言うて、来とんさいたてじゃんもんねぇ。

そいぎぃお婆さんな、

「はい、はい。どうぞ、今ちょうどお粥どんがでくっところです。

粗末な所じゃいどん、どうぞ、どうぞ」ち言【ゅ】うて、

恐ろしか気持ち良【ゆ】う、

「来【き】んさい。来んさい」て、お坊さんに言んしゃったて。

そいぎお坊さんは、

「ほんに、そいじゃあ、お言葉に甘えて遠慮なく」て言って、

部屋に上がり辺【あた】りをこうして見んさったぎぃ、

何【なん】いっちょもなかて。

余【あんま】い貧乏しとんしゃったのにビーックイして、

「お婆さん、そのお鍋をきれいに洗って、

木の葉を三枚入れて炊いてください」て、そのお坊さんは言んしゃったて。

そいぎぃ、お婆さんはその言われたごーと

木の葉ば拾うて来てしんしゃったぎぃ、

鍋の中に美味【おい】しいお魚【さかな】が煮あがったて、三匹。

「あら」ち言【ゅ】うて、ビックイしょったぎぃ、

今度はねぇ、

「お婆さん。お釜をきれいに洗って、水を入れときなさい」て、

お坊さんが言んしゃたぎぃ、そのごーとしんしゃったぎぃ、

そいぎぃ、

坊さんは袋ん中から米粒ば三粒、釜ん中に入れんしゃったちゅうもん。

そうして、

「こいを炊いてください」て。

お婆さんが炊きんしゃったぎぃ、美味【おい】しかご飯がフックラとできて、

三人はお魚を授かって、ご飯を食べて良い年の晩を暮ごしんしゃったて。

そうして、坊様はねぇ、

「年を取って貧乏しているより、お金が欲しいじゃろうなあ。

それとも、もっと若【わこ】うないたいのかあ」て、言んしゃったて。

そいぎぃ、

「ねぇ、幾ら貧乏しとったっちゃ不足はなかけれど、

病気もなんもなし達者のことがいちばんいいことですよう」て、

お爺さんが言うて。

お婆さんは、

「お金など欲しくあっもんですかあ」て、言ったて。

そいぎ、坊さんが、

「では早速、風呂を沸かしなさい」て。

そいぎぃ、言われたとおり風呂を沸かしんやったて、お婆さんが。

そいぎ

坊さんが、袋からまた黄色か粉を出して、風呂にソッと入れんしゃったて。

そうして、

「二人【ふたい】一緒に風呂に入ってご覧」て、言んしゃったぎぃ、

「そうですか」ち言【ゅ】うて、

そのとおりお爺さんとお婆さんが一緒に風呂に入んしゃったぎぃ、

風呂ん中でお爺さんが、

「お婆さん、お前【まい】は娘んごと若くなったねぇ」て、言んさった。

お婆さんはお爺さんに、

「あんた、お聟さんの時んごとなったよう」て言うて。

二人は嬉しそうでしたと。

「元気の出たねぇ」て言うて、二人で喜んだあて。

そうして、お坊さんなねぇ、囲炉裏に赤か火に、水をシュッとかけて、

シュッといわせて、急に火を消して仕舞【しみゃ】あいんしゃったて。

そうして、あらー、火はきゃあ【接頭語的な用法】消ゃあて、困ると思うて、

お爺さんもお婆さんも、昔、火をおこすとがいちばん大変かったけんねぇ、

火ば絶やすことならならんじゃったもんけん、

お婆さんが困った顔ばしとったぎぃ、

ところが、お坊さんが、じきぎゃん言んさいたて。

「お婆さんや、お隣のお金持ちの家【うち】に行たて

火種を貰うて来なさい。

もう火種はこの家【うち】ないからねぇ。早速貰うて来なさい」て、

言んしゃったけん、

そのとおりにお隣に火種貰いにお婆さんが行たぎぃ、

隣の人が、

「お婆さん。なぜ、お前【まい】若【わこ】うなったあ。

どぎゃんして若うなったあ」て、言うて、聞くもんだから、

「お坊さんが昨夜【ゆうべ】泊まってから、これこれこぎゃんじゃったあ」

ち言【ゅ】うて、話す。

そいぎぃ、

「そうー。そんないいことを知っとったお坊さんない私【わし】の家も、

『泊めてくれ』ち言【ゅ】うて、来んさった時に泊むっぎ良かったあ。

家【うち】にお前さん所【とこ】より先に来【き】んさったとこれぇ」

て言うて。

「そいぎぃ、あのお坊さんば、まいっちょ迎えぎゃ行こう」ち言【ゅ】うて、

じきその隣から迎いぎゃ来たて。

そうして、お坊さんを丁寧に座敷に上げて、

恐ろしゅう丁寧にもてにゃあたてねぇ。

そいぎぃ、お坊さんは、

「こなたは結構なお住いですなあ。

こんなに沢山【よんにゅう】財産があっぎもう、

何【なん】の不足もなかなあ」て言うて、話しょったて。

そいぎ主人が、

「沢山あっぎぃ、あっほどもっともっと欲しかですよ。

お願いします。家【うち】をもっともっと分限者にしてください」

ち言【ゅ】うたち。

そいぎぃ、お坊さんは、

「お金には、あんた達ゃ不足はなかろうけん、

元の若【わっ】か者【もん】になしてやろうかあ」て、言んさったけん、

早【はよ】う、若【わこ】うなりたいと思うて、恐ろしゅう喜んだて。

そうして、分限者さんにも坊さんな、

「風呂を沸かせ」て、風呂を沸かさせて、袋から今度は赤か粉を出して、

お坊さんは入れんしゃったて。

そいぎぃ、そうして、言んさっことには、

「さあ、こちらの風呂は大きな温泉のような風呂だから、

皆、雇い人も皆一緒に入っぎ良かあ」て、言んしゃったけん、

「そうねぇ」ち言【ゅ】うて、皆が一緒に一度に風呂に入んしゃったて。

そいぎぃ、どうでしょう。ほんに年は若くなりましたの。

見てみたぎねぇ、主人夫婦は猿ん面【つら】しとったとよ。

子供達は犬【いん】とか猫になったて。

そうして、女中だけは鼠になったい、兎ちゃんになったい、

チュンチュン、ケンケン、キャッキャッ、

もう、跳うだいはねたいして家【うち】から出て行たてしもうたて。

そいぎぃ、坊さんのチャンと心を見抜いておられて、

めいめいの心の姿んごとなってしもたて。

そいばあっきゃ。

[一九九B 大歳の客【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P163)

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