嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

田舎にねぇ、

鶯【うぐいす】ば、長いこと飼うている少年がたった一人【ひとい】

暮らしおったてぇ、

そうしてもう、その鶯が恐ろしい立派に手入ればすんもんだから、

きれーいか声で鳴いて聞かすっちゅうもんねぇ。

そいぎねぇ、鶯どんばっかい飼【き】ゃあとっても暮らされん。

何【なん】とか都さい出て、自分も一人前【いちにんまえ】になろうて、

決心をして、

「鶯や。これから野に放すから、お前【まい】の良かーとに行ってお暮らし。

私も、これから都に上【のぼ】って、何【なん】かあの、身につけんば。

このままじゃ暮らしておられんから、さよなら」ち言【ゅ】うて、

放しんしゃったて。

そして、その少年はドンドン、ドンドン、テクテク、テクテク

野をえ山を越えし、川を渡って、だんだん都さいさして上って行ったけど、

都は遠くてねぇ、また山、また山、坂を登ればまた山、遠いねぇ。

もう、十日も歩いて草臥れたあ。

もう今夜は何処【どこ】かに宿を取ろうかあ、と思ったけど、

こんな山の中には家など一軒もないと思うて、フッと見たら、

向こうの方に明かりがついて、家があった。

あら、あすこにお世話になろうて、思うてその家に行ってトントントンて、

叩いたら、中からきれいな女の子が、

「いらっしゃい」

「今夜一晩、泊めてください」ち言【ゅ】うたら、

「どーぞ」

もう見てみたぎぃ、部屋にはチャーアンと、お掃除がしてあって、

お御馳走や飲み物まで用意してあった。

こんな山ん中に不議だなあ。

そしてこんな大きな家があるなんて思いつつ泊まると、

「どうーぞ、何時【いつ】まででもよござんすから、ごユックリ」

ち言【ゅ】うて。

翌朝になったぎぃ、朝のご飯もチャーアンと用意してあっ。

そうして、もう、朝の十時頃になったら、

「ちょっと出かけて来ます」て、行きおったて。

そして翌日に、

「また何時まででもお疲れが取れるまでは、どーぞ、いいですよ」て、

言うてじゃんもん。

「こんな、具合の良か家はありません」て言うて、

こがん良か所【とこ】はなかあ。有難いことーと、思うて、

五日も泊まったあて、思いんしゃった時、

「お部屋をご案内しましょうか」て、その女の子が、言うたて。

そいぎんとにゃあ、

「そうねぇ」て言うて、ズウッと部屋を見せてもろうたぎぃ、

沢山【よんにゅう】部屋があってじゃんもんねぇ。

ここも部屋、ここも部屋て、広【ひろ】ーか部屋のきれいか、

いろいろ置物【おきもん】までいろいろあり、

掛軸もきれいかとの掛かっとる。

ほんに広か、ここはよっぽど物持ちの家【うち】じゃろう。

そうして、部屋は十一もあったて。

そいで、十二番目の部屋に来たぎぃ、

「ここだけーは開けないでください。お約束してください。

どうーぞ、この部屋だけは覗かないでください」て、

その女の子は言うてじゃんもんねぇ。

そして、

「またチャーアンと、お昼のご飯も夜のお御馳走も準備をいたしますから」

て言うて、何処【どこ】かに出て行くちゅうもん。

そいぎぃ、その若【わっ】か者【もん】な、

「見ちゃいかん」ちゅう部屋は、どがん所【とこ】じゃろうかにゃあ。

見てみたかにゃあ。

この部屋ば「開かずの間」て、聞いたことはなかーて、

言うことはどがん部屋やろうかにゃあ。

見ちゃいかんと言わるっぎ余計【よけい】に見たいと思って、手を掛けたら、

スルスルスルって開かったて。

あら、開かずの間じゃなし、開【あ】かっと思うて、

見てみたら恐ろしか若草のいっぱい生【は】えて、

梅の木のいっぱい生【お】わって、

梅の花がいっぱい真っ白に咲いて、

そりゃあ、眺めの良か所【とこ】じゃったて。

そうして鶯の「ホケキョーホケキョー」ち、そこでさえずいよったて。

ああ、部屋も良かいどん、ここも良か部屋ー、と思うて、

その部屋を閉めて。

そうして、また何くわぬ顔をしておんしゃったぎぃ、

「ただいま」ち言【ゅ】うて、まもなくその娘さんが帰って来て、

「あなたは、『開かずの間』をご覧になりましたねぇ」て、

悲しそうな声で言うたて。

「はい」ち言【ゅ】うたぎぃ、

「もう、私【あたし】は、実はあなたから飼われていた鶯です。

あなた様に長い間お世話になって、ご恩報じにお宿をしましたけれど、

あそこは天の神様がお休みになるお部屋で、

そこを見た者は魔法がとけて、私はもう、人間の姿でいることはできません」

と言うて、とても涙を流して泣いた。

そうして、

「あなたともう、これっきりお別れしなければなりません。お元気で」

ち言【ゅ】うて、何処【どこ】ぞへ行ってしもうたて。

ヒョッと見んさったぎい、ひとりポツーンと山の中に男は腰掛けていました。

約束を守らんぎね、何【なん】でもこんなにして、

幸せも逃げていたてしまうと。

約束は、決められたことは、守らにゃいけません。

そいばあっきゃ。

[一九六A 見るなの座敷【AT四八〇、七一〇】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P159)

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