嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

峠のおトク婆ちゃんちゅうとの、峠におんしゃった。

そこん畑にさ、梨の木の一本太かとのあったて。

そいで、

婆さんがその梨の木を大事にしよったちゅうもんねぇ。

そいぎねぇ、

おトクさんの我が家族んごと大事にしよっとの犬が死んだちゅう。

そいぎぃ、

「ほんになあ、お前【まい】もちい死んだあ」ち言【ゅ】うて、

梨の木の下に埋めんしゃったちゅう。

そうしてもう、梨の木にねぇ、あの、

水も上げたい、拝んだいしよんさったちゅうもんねぇ。

そいぎねぇ、

そん梨にねぇ、何時【いつ】もいっちょん生【な】らん梨やったとの、

その秋から実がプラプラ生ったちゅう。

「あらー、実が生るごとなったにゃあ」ち言【ゅ】うて、

婆さんな恐【おっそ】ろしゅう喜んで見上げよったて。

ところが、その実が恐ろしか重【おも】うなって、

今にも落っちそうになってじゃんもんねぇ。

あったぎ婆さんがさ、

「上がれ、上がれや梨の実」て、歌んごとおトク婆さんが言うたちゅうもん。

そいぎぃ、その梨の実がねぇ、スルスルスルっと、上さん、

下に沢山【よんにゅう】生っとっとの上さん上がったてぇ。

そいぎ婆さんな、

「あらっ。こりゃあ、まあ不思議なこともあんもんじゃあ。

こんなに上に上がったあ」て、言いおったら、今度はねぇ、

そいぎぃ、

「下【さ】がれや、下がれや、家【うち】のもん」て、言うてみたちゅう。

そうしたぎぃ、スッスッスッって、また梨が下がってきたて。

「ありゃあ、良かったあ。ちぎっ時ゃ、下がったとばちぎって。

人のちぎらんごと、『上がれや』ち言【ゅ】うぎぃ、上さん上がっ。

ほんにこりゃあ、良か梨」ち言【ゅ】うて、言いおったぎねぇ。

そいぎねぇ、

そいばおトク婆さんな、もう働きに行くたんびに、

「上がれや、上がれ」て、言うてみたい、

「下がれや、下がれ」て、言うたいすっぎぃ、

上がっ時ゃじき、スルスルって、上がって。

下がっ時ゃじき、スッスッって、下がっちゅうもん。

そいがじき、その辺【へん】で噂になって、

見物人が来っちゅうもん、道には。もう面白かもんじゃい、

「おトクさん、言うてみぃ」ち言【ゅ】うて、婆さんな仕事すっ暇なかったて。

その梨の実の話がねぇ、殿さんの耳にとうとう入ってしもうたてぇ。

そいぎ殿さんが、

「ほんのこつかいなあ。珍しいこっちゃあ。

私【わし】もいっちょ見物したい」て、ちい言んさったて。

そいぎねぇ、お駕籠に乗ってねぇ、

沢山のお供まで連れて見物にお出でんさったて。

おトク婆さんが呼び出されて。

そいぎぃ、

梨の木ば見て、ブラブラブラブラ、実の生っとるその梨の木に、

「上がれや、上がれ」て、こう言うぎねぇ、

スルスル、スルスルって、上がっちゅうもん。

今度は、

「下がれや、下がれ」て、言うぎぃ、

スッスッ、スッスッて、ブラブラ下がってくっ。

そいぎ殿さんは、

「こりゃあ、不思議にゃあ」ち言【ゅ】うて、沢山褒美ばくんしゃったて。

そいぎねぇ、その婆さんはねぇ、殿さんに褒美を貰うたもんじゃい、

殿さんに持たせてやろうだい、と思うて、婆さんな、

「下がれや、下がれ」て言うて、下がってきた梨の実ばちぎって、

お殿様やらそけ押しかけた見物人にまでわけてやんしゃったて。

その梨のおいしかことというたら、

水気もタップリ頬【ほ】っぺたも落ちっごとあったちゅう。

そいぎぃ、隣【とない】の欲深婆さんもそけぇ見ぎゃ来とったちゅう。

そうして、そん梨ば貰うて帰ったけん、

我がそん梨の種ば畑に蒔【み】ゃあて、

「早【はよ】う太うなれ。早う太うなれ」て言うて、畑の梨の木にもう、

可愛がいよったて。

あったぎぃ、じき芽が出たと思うたぎぃ、

太うなって梨の木も大きくなったてじゃんもんねぇ。

あいどん、隣の婆さん蒔ゃあた梨の木は、いっちょも太うなったあいどん、

実は生らんじゃったてぇ。

【あの、犬【いん】ば埋めておんしゃらんけんね。】

犬の生らせおったて。

そいばあっきゃ。

[一九〇 花咲爺【AT一六五五】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P152)

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