嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

ある所にとても信仰心の深い正直な人がったてぇ。

おっ母【か】さんにも早【はよ】う死なれ、子供もおらじぃ、

ほんにやっぱい寂しかったちゅうもんねぇ。

そいけん、

近くの観音様に毎日、そりゃあ熱心に拝みぎゃ行きよったて。

そいで、だんだん年を取って、もう働く元気もない、

もう年取ってこの男は。

そうして、その寒い冬には風を引いたりしたもんだから、

シッカリ心が小さくなって、

その男は、

「安楽にどうぞ、観音様、私は死ねますように」ち言【ゅ】うて、

願を掛けよったて。

そうして、二十一日の熱心な願を掛けて、

「私が、コロッと死ぬようにしてください」て言うて、

お願ば掛けて拝みよったいどん、

二十日間、何【なん】のこともなかったて。

観音さんの夢も見じぃ、声も聞こえんじゃったて。

何の霊験もなかったいどん、いよいよ二十一日目、満願の日に、

夕方、観音堂にお詣りして石段を家の方さい帰よったぎぃ、

後から何【なん】か寂しか道を

コロコロ、コロコロ我がについて来おったちゅうもんねぇ。

ありゃ、と思って、振り返って見ると、

転がって来たともジイッと止まって見よるて。

そいぎぃ、また歩き出すぎぃ、コロコロ、コロコロ転がって来ょっ。

良【ゆ】う見っぎぃ、徳利じゃったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、歩き出すぎその徳利も、ゴロゴロって、また転がって来って。

とうとうその男の家の戸口まで転がって来たて。

そいぎねぇ、男は、

「こぎゃなーとの俺【おれ】ついて来たばいにゃあ」ち言【ゅ】うて、

ニヤッとして、

「どれどれ、私【わし】が抱っこしてやろうかのう」ち言【ゅ】うて、

徳利を抱いたぎぃ、

そいぎぃ、

ひとせん【一時【イットキ】バカリ】徳利が抱からとったて。

そいぎぃ、家ん中【なき】ゃあ入【はい】って囲炉裏どん焚きつけて、

心も落ちつけて、

「ぎゃん晩な、お酒どま飲みたかにゃあ」て、

つい独い言【ごと】ば言うたぎぃ、

その徳利からヒョロッと盃の出てきた。

そうして徳利が、

「お酒をどうぞ」て、もの言うたてっじゃんもん。

持ち上げてみたぎぃ、

今まで軽【かーる】かった徳利の恐ろしか重【おふ】たかったて。

お酒の入っとっごたったて。

そいぎぃ、こうして注【つ】いだぎぃ、

お酒の入っとんもんじゃっけん、

ついその晩なしこたん【沢山】お酒を飲んでさ、

そのまま眠ってしもうたちゅうもん。

そいぎぃ、

朝になって目が覚めて、

「ああ、ほんなこて俺【おり】ゃあ、

あの徳利が酒ばご馳走してくいたにゃあー」ち言【ゅ】うて、

見てみたぎ枕元にやっぱいチャーンと徳利のあったつよ。

そして徳利がさ、

「ご飯ができていまあーす」て、またもの言うたて。

不思議かにゃあ、と思うて、見てみたぎぃ、

「美味【おい】しかお味噌汁までできていまあーす」て、

言うもんじゃから、男は、

「いよいよ不思議かにゃあ、徳利がもの言うて不自由なかごと、

飯炊【ち】ゃあたい汁作ったいする。

ありゃ、観音様のお授けじゃったとばあーい。有難かったにゃあ」

ち言【ゅ】うて、その徳利ば床の上に飾っとんしゃったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、銭【ぜん】のなか時ゃ、じき銭が出てきた。

寒かにゃあ、と思うぎぃ、フワフワ布団が出てくっし、

もう難儀すっことはなかったて。

そいぎぃ、その話がじきー隣【とない】の欲張いの男のそい、

聞いたちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、その隣の男が、

「その徳利ば私【わし】

一時【いっとき】ばっかい貸【き】ゃあてくんろう。

いっちょ相談すっ隣じゃんもん」ち言うて、来た。

男は、

「こりゃあ、観音様から授かった大事な宝じゃっけんが、

そがん貸しどまされん」ち言【ゅ】うて、断わっことができたて。

そいぎぃ、どがんしてもこりゃあ、借りちゃあもんないどん、

貸【き】ゃあてはくれん。

そいぎぃ、沢山【よんにゅう】銭どんやって、

買【こ】うてしまうぎしめたもん、

俺【おい】が物【もん】ばーん、と思うて。

隣の男は、親戚からまでお金ば借い集めて、

百両もこさえて、お金ばちらつかせて、

「ほんに、今日【きゅう】来たとは無理【むい】な相談ないどん、

俺【おい】、無理な相談ちゅうことわかっといどん

、俺【おい】にその徳利ば売ってくんさい。

こけぇ、百両持って来たけん」ち言【ゅ】うて、差い出【じ】ゃあた。

「そいでも、銭金【ぜにかね】の問題じゃなかあ。

授い物【もん】。神様に罰かぶっけん売られーん」て言うて、

男は首ば縦に振らんて。

そうして、ジイッとしとったぎぃ、

徳利が今度も、もの言うたて。

「その男に百両で売れ、売れ」て、徳利が言うちゅうもんねぇ。

あの徳利が「売れ」ち言【ゅ】うないば、売らじいにゃあ、

と思うて、

ほんに、惜しかったいどん、渋々売ったて。

そいぎぃ、欲張い男はほんに良かったにゃあ。

その辺【へん】にこいば見せびらかすぎぃ、

ヒョッとすっぎ殿さんの耳にも入るかわからーん。

そいぎぃ、

「さあ」ち言【ゅ】うて、お城から俺【おい】ば迎えに来っばい、

と思うとったぎぃ、

ほんなこて見せびらきゃあて歩【さる】きよったぎぃ、

その効果があって、殿さんの駕籠が迎えの来たちゅう。

「それ、見たいもんだ。その徳利の不思議かとば見たいもんだあ」

そいぎぃ、

こりゃあ良かばい、と思うて、

駕籠に乗ってその欲張り男が、

しこたま【沢山】褒美ば貰うごとばっかい胸ん中に勘定して。

そうして、幾らて言おうかにゃあ。

二百両くんさいて言おうかにゃあ。三百両くんさいて言おうかにゃあ、

て思うて、出かけて行ったて。

そいぎぃ、殿さんの所【とけ】行ったぎぃ、

「ご馳走ば出して見せるように」て、

お殿さんが言んしゃったてやんねぇ。

「殿さんの所に、広間に行たて、

ご馳走ばまず出せ」ち言【ゅ】うたぎぃ、

ご馳走がいっちょん出んて。

徳利をゴロゴロっと、振っても出ん。

ペタペタと、叩【たち】ゃあても出ん。

酒の一滴も出ん。どぎゃーんしても出んもんじゃい、

殿様は、

「嘘ばっかい恥かかすんなあ。嘘ば言う者【もん】な、

その男ば早【はよ】うもう、ほい出せ」て言うて、

大変腹かきんさったて。

何【なん】いっちょでん、そいから先ゃ出んて。

そいぎぃ、欲張い男も、もう命いっちょ、命からがら戻って帰ったて。

そいばあっきゃ。

[一八八 鳥呑爺【AT一六五五、一四一五】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P148)

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