嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

村にねぇ、お爺さんとお婆さんが仲良く暮らしおんさったてぇ。

二人【ふたい】はとても貧乏じゃったいどんね、

恐ろしか正直まっとうな二人やったてぇ。

ある日、お爺さんは山に出かけんしゃったがねぇ。

昨日【きのう】からお金がなかったて。

山で木の実でも取って食びゅう、と思うて、

弁当も持たじねぇ、お爺しゃんはその日は行きんしゃったて。

家ではお婆さんが縄綯【な】いしよんしゃったあ。

そいぎぃ、お昼ごろなったぎぃ、

お爺さんが畑打つのに何【なーん】も食べじにゃきつかばい、

と思うて、長者さんの家から一合の米ば借りて来てばい、

お握りば作って山さい急いで行きおんしゃったて。

山の近くまで来たぎね、

石んつまじいてお婆さんなトトーッと、倒れんさったて。

倒【とお】れんさったとは良かったいどん、

お爺さんに持って来たお握いのさ、

コロコロコロー、コロコロコローって、転ぶもんじゃい、

折角のお握いじゃっとこれぇ、

と思うて、お婆さんが追っかけて、

「こら待て。お握い待て」て、言うどん、

追いつきらんごとお握いの転ぶちゅうもん。

そうして、松の根元ん所に止まった。

あったぎぃ、そけぇ穴んあったてぇ。

そうして、そのお握いのポトーッて、そこん中【なき】ゃあ落ちたてぇ。

お婆さんなねぇ、

「ああ、ああ、困ったなあ」て言うて、

穴ば覗きんしゃったぎねぇ、白―かお握いの見ゆってじゃっもん。

そいぎぃ、えぇ、あいば拾わじにゃあ、と思うて、

お婆さんが穴ん中さい入【はい】って行きんさったぎね、

小【こま】ーか声の、

「アッハッハッハッ、アッハッハッハッ」て、穴ん中で笑うたて。

そいで暗【くら】ーか穴ん中ばじぃっと奥ば見んしゃったぎねぇ、

鼠どんがお米ば搗きよったて。

コットーン、コットーンて、そいから一時【いっとき】笑うたいどん、

米ば搗き始めたて。

やれやれ コッターンパットーン

米搗きコットーン

猫さえ来なけりゃ天国

コットーンコットーン

歌うて、米ば搗き始めたて。

お婆さんなねぇ、

お握いのことを忘れて面白かにゃあ、鼠どんは唄どん歌うと思うて、

コットーンコットーンば眺めおんしゃったぎねぇ、

太ーかお握いば抱えた子鼠どもがねぇ、

「お婆さん、さっきお握り有難う」て、言うたてじゃんもん。

そいぎぃ、人の良か正直【しょうじ】っかお婆さんじゃから思わず、

「よしよし。よしよし」ち言【ゅ】うて、

腰を屈めてまた米を搗くとを見よんさったて。

そいぎねぇ、小【こま】―か団子ばさい、

お鉢にいっぴゃあ山んごと盛って、鼠が四、五匹で抱えて、

「どうぞ、こいを食べてください」て、持って来てくいたてぇ。

「食ぶっぎ美味【おい】しかですよう」て言うて、

差し出【じ】ゃあたもんじゃい、

お婆さんがねぇ、食べてみたぎぃ、もう美味しか美味しか、

「頬っぺたの落ちっちゅうとは、こぎゃんことじゃろうかあ」

ち言【ゅ】うて、美味しかったもんじゃっけん、

お婆さんはねぇ、

「このお団子は、お爺さんにもちぃった貰【もろ】って行きます」

て言うて、残りをみやげに貰いんしゃったて。

そいぎねぇ、鼠のお父さんが出て来てねぇ、

「さっきは、お握りは有難うございましたあ」ち言【ゅ】うて、

丁寧にお礼ばしてさ、

小【こま】ーか小ーか金の匙【さじ】ば差し出【じ】ゃあてね、

「お爺さんがおられたら、この団子は食べさせてくだし」て言うて、

小さい小さい金の匙をくいたて。

穴から出てお婆さんはね、じきお爺さんの働いている所に行たて、

鼠から貰うた団子と、

そいから

金の匙でその団子を掬【すく】うて出したぎね、

残りの団子、元あった団子だけ食べても食べても減らんてじゃっんもん。

「ありゃあ、こりゃ宝の匙」ち言【ゅ】うて、

お爺さんとお婆さんは喜んでさ、

夕方まで二人で山で働いて家【うち】帰んしゃったて。

そうして今朝、長者さんから借りた一合のお米の残りを、

その金の匙でいっぱい掬うてお粥【かい】でも炊こうかあ。

と思うて、残りを掬うてみんしゃったぎぃ、

お米もちょうど余るごと増えるちゅう。

「こりゃあ、良か物ば貰うたあ」ち言【ゅ】うて、

お爺さんとお婆さんは、大喜びしんしゃったて。

そいから、お米に難儀すっこともないに長者さんにもじき、

そのお米を返しに行くこともできたて。

そうしたぎぃ、

その隣【とない】の方には恐ろしか欲張りのお婆さんが

おんしゃったてぇ。

お隣ば覗いてみっぎぃ、

何時【いつ】ーでん白かご飯ばあっかい食べよっ。

それも、美味しそうに食べて

幸せそうにしとっ隣じゃったもんじゃっけん、

「ああ、どぎゃんしてそぎゃんお米の減らん匙ば貰うたあ」

て、聞きんしゃったぎぃ、

「ぎゃんして、松の木の下、

お握いの太かとの転【ころ】うでいたて、鼠どんが拾うて、

『有難う』ち言【ゅ】うて、お礼にこいばくいたあ」

ち言【ゅ】うことば、欲張り婆さんも聞いて。

そんないば、まっと太かお握いば持って行たて、

そうして穴ぼこに転ばきゃあてみゅう、

と思うて、行きんしゃった。

「穴ぼこは何処【どこ】だあ。穴ぼこは何処だあ」

ち言【ゅ】うて、行きよんしゃったぎぃ、

松の木の下にあったてじゃっもん。

そいぎぃ、その中に転ばきゃあて、

我がまでそろりとその穴に入り込んで行かしたぎぃ、

案の定そこでは鼠どんの天下でねぇ、

今日もそれ コットンコットン

米搗き コットン

猫さえ来なけりゃ

やあ 天国天国

楽ちん 楽ちん

て、調子良【ゆ】う唄を歌いながら、

米を鼠どんが搗きよってじゃっもん。

そいぎぃ、お婆さんなその米搗きよっとには目もくれじねぇ。

待ちきれじぃ、鼠達を威かして、

ありゃあ、金の匙いっちょくるっぎ良か、と思うて、

その突然、

「ニャーゴー、ニャーゴー」て、その変な猫の鳴き声ば欲張り婆さん、

ちい出【じ】ゃあたて。

あったぎねぇ、今まで数えきらんごとおった鼠どまねぇ、

お婆さんに跳びかかってきてさ、

手でん足でんかじい始めたてばい。

そうして、欲張り婆さんなとうとう鼠どめねぇ、

かじり殺されてしみゃあさいたてぇ。

正直のお爺さんとお婆さんは、

今も小さか小さか金の匙のお陰でねぇ、

もうお米も何時【いつ】まっでん絶えることなく

楽しゅう暮らしおんしゃって。

そいばあっきゃ。

[一八五 鼠浄土【AT四八〇】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P138)

標準語版 TOPへ