嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしむかしねぇ。

両親は早【はよ】うー死んで、三人姉妹弟のおらしたて。

お姉さんを祝いさん。次の姉さんをめでたさん。

そいから、いちばん下の坊っちゃんを若松さんで、

名前のついとんさったてじゃんもんねぇ。

上の二人の姉さんは、若松さんを立派に育てようと思うて、

とても大事に、その弟さんを育ておんしゃったて。

「お父さん、お母さんから預った大事な跡取り息子さんだから」

ち言【ゅ】うて、大事に姉さん達は思うとんさいた。

そうしてまた、この若松さんもねぇ、恐ーろしか利発も利発。

もう寺小屋の始まってから行きんしゃっぎい、

何時【いつ】ーでん字を書かせてもいちぱん上手て。

「こんな秀才の才童は見たことなか」ち言われて、

そのおっ師匠さんから褒めらるっごと、

いちばんばっかいじゃったて。

そろばんさせてもいちばん。

読み書きさせてもいちばん。

そいぎぃ、他のお友達が、この若松様を好かんちゅう。

そいぎぃ、ある日のことねぇ、

「何【なん】かして若松さんを困らせよう。

この人を落とし入れよう」て、皆が相談したちゅう。

そうしてねぇ、皆が集まってねぇ、

この若松さんの家は、姉さん達が二人いるけど、

恐ろしゅう貧乏だったもんでもう、書く紙もなかけん、

若松さんは真っ黒くなんまで、

墨で紙に書くところのなかごと稽古して帰おんしゃったて。

そいぎぃ、

「あすこは貧乏やっけん、

我が家【や】のきれいか旗ば持って来らしゅうかあ。

こいを品評会で、いちばん美しかとぱ決めよう」て、

友達が先生にこれを申し立てた。

そいぎぃ、

「それも良かろう」て、先生が言んさったて。

そいぎぃ、

「我が家にあるいちばん上等の旗を持って来【く】う」て、

品評会して見ようということになり、

その日になったて。

若松さんは姉さん達に、

「旗ば持ち寄って、そのよさを決めんばらん」て、言んさったぎぃ、

「よし、よし。心配するな」ち、姉さん達は言うて、

真っ白か布で立派に両端を縫って、真っ白い旗を持たせてやったて。

そいぎぃ、誰【だい】でもキンキラキンの錦の旗とか、

或いは見事な右近の旗とか、

いろいろ持って来【き】んしゃったてじゃんもんねぇ。

もう若松さんは真っ白か旗。

「お前【まい】の旗は、こりゃ何【なん】やあ。

木綿の旗やなかねぇ」ち言【ゅ】うて、

皆から馬鹿にされんしゃったて。

でも、みんな並べてみて、

「さあ、品評会でどいがいちばん良かろうかあ」て、

決むっ段になったら、

「やっぱい、この真っ白い汚【けが】れのないこの旗が、

一等にしようかあ」て、言うことに決まったて。

若松さんの旗が一等になんしゃったて。

「白がやっぱい、これにこしたことはなかあ」て、

皆が言ったて。

そいぎぃ、他のお友達はガッカイして、

「家【うち】の宝物の旗ば持って来【き】たとこれぇ、

若松君の木綿の晒【しゃらし】で作ったごたっ旗が一等じゃったあ」

ち言【ゅ】うて、ふくれて帰った。

そいぎぃ、

「今度【こんだ】あ、何をしようかあ。

今度あ、我が家【え】にある宝物ば持って来【く】っごとにしゅう。

旗でん良うなかったけん、

あすこは宝物も何【なーん】も持たんばい」言うて、帰ったて。

そいぎぃ、若松さんはションボリして、

家【うち】ゃ何【なーん】もなかとこれぇ、と思いつつ、

帰って来【き】んしゃったて。

そいをいちはやく知った祝いさん、めでたさんの二人の姉さんが、

「何【なん】でそんなにしょげてるの」て。

「家【うち】の宝物ば品評会に出さんばらん」

て、若松さんが言うので、

困ったねぇ、家【うち】ゃ何【なーん】もなかとこれぇ

と思うて、おったけど、

「あらっ。たったいっちょあすけぇ、真っ黒か、あの、

塗り物の小箱ば、ご両親から預っとっとのいっちょ、

たったいっちょあいよう。

こいば持って行きんしゃい」ち言【ゅ】うた。

それには松の木の青々とした松の描【か】かれてある小箱だった。

そいぎぃ、

「そいば持って行きんしゃい」ち言【ゅ】うて、

姉さん達が持たせた小さな真っ黒い箱でした。

若松さんは、そいを持ってねぇ、品評会に持って行って、

ソウッと出しんしゃったて。

そいぎぃ、皆、そこにおったお友達も、

そいから検査をする人違も、

「あらっ。これには、

心を奪われるような何【なん】ともいえない魅力のあるねぇ。

どうした由【ゆ】来【われ】じゃろうかあ」ち言【ゅ】うて、

感心しんしゃったて。

そうして、

「こりゃあもう、他のとは見るに及ばん。

こいば一等にしゅう」て、ちい決めんしゃったて。

そうしてねぇ、とうとうその、

いちばんちっぽけな小箱が一等になったちゅうよ。

そいぎまた、友達は恐ーろしかもう、好かんじゃったて。

ほんに、二度が二度と目、あぎゃん失敗してしもうたにゃあ。

何【なん】とかしてやっつけようと思うとったいどん、

へこたれんねぇ。

もう、あの若松ちゅうとばいち殺さにゃしようがなか。

チョッと困ったことにゃあ、て思うとったいどん、

「まあ一遍やってみゅう」ち言【ゅ】うて。

そいぎぃ、

「二遍とも私達が負けてしもうたけれども、

まあ一遍、皆で寄って今度は茶話会ばしゅうかあ。

もう、若松を殺さにゃ私達ゃもう、勝つ見込みのなか」

ち言【ゅ】うて、お友達は謀って悪巧みを計画したて。

「饅頭を、あの若松は大変好きじゃっけん、

あの饅頭の中【なき】ゃあ毒を入れて、

毒饅頭をこしらえて行こう」て言うこと。

饅頭をお盆に盛り上げて、沢山【よんにゅう】持って行たて。

そうして、

「あの、さあ。お前【まい】が二遍とめ、賞品取ったけん、

この饅頭ば食べれ、食べれ」て言うて、食べさせた。

そいで見おったら、見る間に若松さんは色の青うなって、

「お腹【なか】が痛かあ、う一ん。お腹が痛かあ。痛かあ」

ち言【ゅ】うて、

「うーん」ち言【ゅ】うて、そこで息絶えてしもうたて。

食べた饅頭の毒がまわって。

そいぎぃ、姉さん達は知らせを受けて、

「若松君は急に死んだよう」て言うて、迎えに来た。

そいぎぃ、姉さん達は、

「両親から預った大事な弟をいち殺された」ち言【ゅ】うて、

大変悲んで迎えに来【き】んしゃったて。

そして、若松さんをそこに寝せて。そいで、あの、

「どうしよう。死んでしまって、どうしよう。

何【なん】とかして敵討ちしたいなあ」て言うて、

二人の姉さんが死体をそこに、若松君、

弟を寝せてから相談をしていたら、

何処【どこ】からか声のして、

「仇討ちすませて汚れなき水」ち言【ゅ】う声のすっちゅう。

「『仇討ちすませて汚れなき水』て、おかしかねぇ」て言うて、

祝いさんが、姉さんの方が、

「『仇討ちすませて汚れなき水』て、

誰【だい】が、あんたが言うたあ」

「いや、私ゃ何【なん】ても言わん」て。

妹のめでたさんが、

「姉さん、あんたがもの言うたとう」

「いんにゃ、私も一言もものを言わんとよ」

「どぎゃん聞いたあ」

「『仇討ちすませて汚れなき水』ち。

『汚れない水』ち、聞いたろう」

「そがん声のしたねぇ」て、

二人とも目を見合わせとんしゃったて。

そいぎぃ、

「仇討ちせんば。

あの友達が全部【しっきゃ】あ寄ってたかって、

若松ば殺【これ】ぇたけん、

『仇討ちばせろ』てのことよう」て。

そいぎぃ、

「『汚れなき水』ち言【ゅ】うぎぃ、何【なん】、

何処【どけ】ぇあっとう」

「こりゃあ、探しに出かけんば、おいそれとはなかろう」

て、言うことで。

そいぎぃ、

「姉さんが弟の亡骸【なきがら】を守っているから、

めでた、お前あの、出かけよ」て。

「そして、このまだ若松は、あの、死んだことにせんで、

まだ勉強することにしようかあ」ち言【ゅ】うて、

二人【ふたい】で

何時【いつ】もの粗末の勉強机に寄りかけさせて座らせとったて。

そして、めでたさんは、女の、

他所【よそ】さい出て行くには

女のなりをしとっては怖【こわ】いから、

男の、小姓のなりをして、出かけよう、ということになって、

弟は机に寄りかかって、

何時【いつ】ものように勉強するように見せかけて、

めでたさんは出かけたて。

その晩、

「ほんなこて死んだろうかにゃあ」ち言【ゅ】うて、

友達がそこん辺【たり】、

家の周りをウロウロ様子見ぎゃ来たて。

そいぎぃ、

明りがついて、相変らず若松は机に寄りかかって勉強する姿を見て、

「ありゃ、死んどらん。相変らず本読んで勉強しおっごたっ。

そいぎぃ、あの毒饅頭は効かんじゃったとばい」ち言【ゅ】うて。

そいぎぃ、

「あぎゃん美味【うま】かごとしとんもん。

おどんが早【はよ】う帰って食びゅう」ち言【ゅ】うて、

その友達は全部、ガヤガヤ言って、帰って、

まあーだお盆にいっぱい残っていた毒饅頭を食べたて。

「ありゃ、毒饅頭じゃなかった」ち言【ゅ】うて。

そいぎぃ、即座に毒に当って死んでしもうた。

敵討ちができた。

一方、めでたさんは男の身なりをして、出かけて行ったて。

そいぎぃ、ズウッと、

「汚れなき水、汚れなき水」て言うて、

探して出かけて行ったそうです。

そうして、ものの十里も歩いたかなあ、と思う時、

日が暮れたから、

一軒の物持ちらしい家【うち】に泊まったそうです。

そいぎぃ、

「あの、そこに、今晩日の暮れてこの先はもう、

夜の道は歩けそうもありませんから、

一晩お泊めていただけませんでしょうか」

て、言うたら、

「はい、どうぞ。お上りください」ち言【ゅ】うて、

もう、抱えんばかりにして障子を開けて、

そこに泊まることができたて。

ところが、そこには一人【ひとい】のきれーいなお姫さんがいて、

あの、お聟さんを探しよんさったて。

そいぎその、きれーいな小姓姿の男の身なりで

【女だから】ほんにきれーいかったもんだから、

この人は、知恵はどんくりゃあかわからんが、ほんに良か男じゃあるちゅう。

家【うち】の姫の聟に良か塩梅【んびゃあ】じゃなかろうかあて、

皆が思うたて。

そして、

姫さんもまた、一目惚れしんさったて。

そいで、お座敷に通してご膳どん姫さんに運ばせ、

美味【おい】しい物ばかりのお馳走だったて。

そして、姫さんが夜、もう寝るだんになったら、

「ほんに申し上げにくございますが、

私【あたし】のお聟さんになっては戴けませんでしょうか」

て、もう頭をすりつけて頼みんしゃったて。

そいぎぃ、

私【あたし】ゃ、女の人からお聟さんになれて、

こいよい困ったことはない、

どうしようと思って、そのめでたさんは本当に当惑しました。

私は女だとは、ここでは言われん、

困ったなあ、返事はされんと思うて。

お姫さんが、

「私はもう、あなたよい他にお聟さんにする人はありません」

ち、言うもんだから、めでたさんは困り果てて、

「今晩一晩、夜の明くんまで考えさせてください」

て、頼みんさいた。

そいぎぃ、

私が寝とっとけぇ、このお姫さん来らるっぎい困ると思うて。

そいぎぃ、

「今夜は、お布団を二つ並べて敷きましょう」ち言【ゅ】うて。

「こっちにお姫さんの床。私がこっちの床に休みます」

ち言【ゅ】うて。

「二人の床のあいなかに、お水をいっぱい汲んで来てください」

ち言【ゅ】うて、頼み、

「お盆にお水をお椀にいっぱい入れて、

それこそいっぱい零れんばっかいに入れて来てください。

そして、その水が零れていたら、

あなたのお聟さんに私が確かになります」

て、もう切羽つまって、そんな返事をしんさったて。

そいぎぃ、

今晩一晩のことだからと思うて、お姫さんが隣に寝んしゃったて。

そして、その隣にめでたさんが休みんしゃったて。

ほんに困った難題をされたなあ。

女【おなご】の姿では来られず、男に化けて来たばっかりにと、

もうめでたさんは、

ほんに、一生のうちこんなに困ったことはなかった、と思うて、

その晩は一晩も眠られんじゃったて。

でも、お姫さんも身じろぎともせじぃ、

姿も動かさんで、隣でスヤスヤと休みしゃったて。

そして、夜が明けました。

そいぎ二人で、まずお盆の水を見んさったら、

お盆の水は一滴も濡れとらんじゃったて。

そいぎぃ、いよいよ白状せんばらんと思うて、

布団の上に座って、めでたさんは、そのお姫さんに白状しました。

「お姫様。私は、実は男の身なりをしていますげど、

女でございます」て。

そいぎぃ、ビックイしんしゃった。

「だけども、お盆の水が濡れとらんから、

この水こそが『汚れない真清水だ』と思います。

『汚れない水だ』と思います」て。

そいぎぃ、

「私には、たったひとりの弟がおります」て。

「その弟に、この汚れない水を飲ませたなら、

きっと、今、死んでいるけれども、息を吹き返すと思います。

私よりゃあ頭も利口であるし、正真正銘の男子です」て。

「だから、あなたの聟さんには、もう引けをとらない男ですから、

弟を必ずお聟さんとしてお迎えください。

これが私の、真心からのお願いでございます」ち。

「私は、本当に女です」と言って、

このお水を戴いて、あの、

「私の弟に飲ませます」ち言【ゅ】うて、

早速十里の道を歩いて、その水を携【たずさ】えて帰んしゃったて。

そして、まだ死に絶えているその弟に、

早速その真清水を飲ませんしゃったて。

姉さんは、

「これこそ汚れなき真清水よ」て、飲ませんさったら、

もう喉を通ったか通らないうちに若松さんは、

フーと息をふき返して

目をパッチリ開【あ】けて生き返ったそうです。

ほんに二人の姉さん達の喜びようといったらなかったそうです。

そいぎぃ、めでたさんは早速十里の道を、

「さあ、祝いの、姉さん、

あなたも若松も一緒に揃うて行きましょう」ち言【ゅ】うて、

長者さんのお家【うち】に急いだそうです。

十里の道も遠うしても、近いとして勇み立って行ったそうです。

そうして、

「これが、私の弟でございます」て。

もう人並より秀でて、立派な男子ということのわかって、

お姫様も恐ーろしか喜ばれて。

そこで、

「早速、家の跡取りができた。さあ、祝いましょう」

ち言【ゅ】うて。

そん時、

「祝いさん、めでたさん、若松さん、揃うた。

祝いめでたの若松様よ」て言うて、

もうその晩は、もう恐ろしゅう盛大なお祝いが始まったて。

その時からねぇ、結婚式にはもちろん、お祝いには、

「祝いめでたの若松様よ」て言うて、

歌うようになったその始まりです。

そいばあっきゃあです。

[一八〇 姉と弟【AT五一四】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話P129)

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